襲撃者が邪魔なんだけど。
「誰かが待ち伏せしてる」
8階の霊障チェックを終え、新年早々だし今日はもう帰ろうと1階へ降りたところでそっと碧に声を掛ける。
物陰とかで待ち伏せされても大丈夫な様に、車へ行く最短ルートに設置した探知結界を再起動したら悪意を持つ存在が引っ掛かったのだ。
どうやら車に触れると昏倒するって事をここら辺の悪党共もやっと把握したらしい。
つうかさぁ、何かおかしいんだから、ウチらを襲おうとするのは止めれば良いのに。
「車の所じゃないんだ?」
碧が振り向かずに低い声で尋ねる。
「10メートル先の自転車置き場に隠れてるね。
漸く車に触れると倒れるっていうのは理解したみたい」
動物だって一度痛い目にあったら懲りるのに、何だって人間は懲りずに悪事を続けようとするんだろうね?
車がヤバいんだったら、それに乗ってくる私達だって危険だと推測出来るでしょうに。
そういう論理的思考が出来ないから、こんなところでか弱い女性を襲う様なちゃっちい悪党になるのかな?
『凛はか弱くないにゃ』
クルミが指摘してくる。
普段はあまり私の考えを察知しても突っ込みを入れることはないのだが、さっき沢山魔力をあげたせいで元気一杯で活動したいらしい。
『見た目はか弱いの!』
実際に『か弱い女性』って存在にはなりたくないけど、イメージとしてはちょっと良さげじゃないか。
前世では王宮魔術師、しかも黒魔術師と言う事で常に『危険な存在』として恐々と対応されていたから、『か弱い女性』って言う普通なカテゴリーも偶には楽しみたいんだよね。
まあ、それで襲われちゃうんじゃあ意味ないけど。
「眠らせちゃおうか?」
碧が聞いてくる。
「面倒だから、今日は追い払うよ」
下手に襲おうとしているところで昏倒されて体を押し退けないと進めないなんて事になったら嫌だ。
自転車置き場から駐車場への通路って意外と狭いんだよね。
確実に通路側に倒れない保証があるなら眠らせるんでいいんだけど。
威嚇効果の強い攻撃魔術を隠れている人影に放つ。
実際の肉体的な効果は一時的な軽い痛みと痺れ程度なのだが、精神を痛め付ける効果もあるので、怪我をしても戦い続ける事に慣れた人間以外だと大抵は大怪我をしたと恐れ慄いて何が起きたかイマイチ分からぬうちに逃げる。
悪霊マシマシな場所を襲撃場所にしているのだ。
悪霊に攻撃されたと思って二度とここに近づかないでくれると良いんだけどなぁ。
「考えてみたら、車に触れて昏倒していた連中って何が起きたと思ってるんだろうね?」
ぎゃっと短い悲鳴をあげた後、バタバタ逃げ去っていった男たちの足音を聞きながら碧が呟く。
「う〜ん、何か睡眠ガスを噴き出す安全装置が車に設置されてるとでも思ったんじゃない?
悪霊とか霊障を信じていたらこんな所で屯しないだろうし」
睡眠ガスを噴き出す様な安全装置を持っている人間を懲りずに襲おうとするなんて、危機管理が出来てないよね。
第一、日本だったらそんな安全装置って違法なんじゃない??
つまりは明らかに危険な誰かとコネがあるって事だろうに。
ちょっかいを出し続けたら洒落にならない報復が来るって思わないのかね?
まあ、馬鹿のことは放っておこう。
取り敢えず、帰って源之助と遊ぶんだ。
◆◆◆◆
「ええ。
確かに居ますね。適当に眠らせてそこら辺に転がしたまま放置ですが。
・・・そうですか。じゃあ、これからは田端氏に連絡します。
夜遅くなる事が多いんですが、大丈夫ですか?
・・・了解です」
碧が何やら他所行きの声で電話の相手と話している。
田端氏と言ったら警察庁の退魔協会担当だが、何かあったのかね?
「大丈夫?」
「あの再開発物件で、除霊がちゃんと出来ているか確認に行った退魔師が襲われたんだって。
あそこで働いている私達も危険を感じた事があるかだってさ」
おやま。
考えてみたら平和ボケした日本人だったら退魔師でも襲われたらヤバい?
「大丈夫だったの、その被害者?」
「咄嗟のことだったからうっかり悪霊用の符で対処したらしいけど、鎌鼬でギタギタにしちゃったんだって。
夜遅くに人がいない所で突然襲われたんだから、仕事道具での反撃は十分合法範囲内らしいんでそれはいいんだけど、他にも襲撃があったら面倒だからこれからは襲われたら犯人を脅かすんではなく捕まえておいて連絡してくれだって」
なるほど。
前世の分類だと元素系魔術師になる退魔師だったのか。
火系の符じゃなくって良かったね〜と思ったが、室内での退魔に火系の符は持ち歩かないか。
退魔し終わる前に火事なんぞ起こして建物の構造を弱めたりしたら、責任問題ものだ。
損害賠償がとんでもない金額になりかねない。
と言うか、損害賠償以前に建物の残りの部分を無料で除霊する羽目になるかな?
まあ、炎ががっつり広まったらそれで悪霊や瘴気が浄化される可能性もゼロでは無いが。
・・・鉄筋コンクリートで家具も無いマンションって燃えるのかね?
それはさておき。
これからは襲撃してきた破落戸を一々昏倒させた後に田端氏が来るまで待たなきゃならないのか。
ますます帰宅が遅くなりそう。
「こないだの脅かす用の術って車に仕掛けられない?」
ちょっかい出してくる連中を昏倒させない手段が無いか、碧が聞いてきた。
碧も帰宅時間が遅くなるのは嫌らしい。