ヤバい、忘れてた
「本当に30万円で良いの?」
会社の帳簿ソフトに金額を入力しながら碧が聞いてくる。
「うん、9ヶ月分のバイト代としたらその程度でいいでしょ。
今年は碧への支払いを多くした方がお得だし」
今朝はお互いの実家に帰るのを遅らせ、事業関連の年末の締め作業をしている。
年末前に『快適生活ラボ』から従業員である我々への給料の支払いをしておかないと、今年の収入にならない事を思い出したのだ。
私はまだしも、碧は今年の収入にしては全て所得税免除なのだ。
事務所の収入のかなりの部分を碧に給与として払った事にしてガッツリ節税しなくては。
流石に私一人でこなした最初の仕事はほぼ全額私の分としたが、ランクアップするまでの共同作業分はほぼ全部碧にして、その後のもかなりの分を給料として払う。
本当はボーナスの方が楽そうだと思ったのだが、碧は会社の役員でもあるので賞与が税務計算上損金扱い出来ず、快適生活ラボの課税所得を削れないので給与扱いとした。
今年は私と言う新人を教える為に給料が多かったと言う契約になっている。
来年はもう少し碧の給与割合を減らす予定だが・・・これも要検討だな。
ちなみにマンションの家賃は事務所が一旦払い、半分は事務所分、残りは私と碧が個人的に使っていると言う事で4分の1ずつ家賃負担額を会社に払う形にしてある。
光熱費も同じく。
そこら辺の精算は適当だったので慌てて計算して、差額を給与支払いと相殺して決済したことにしている。
退魔協会への会員費とかも会社の費用として払った形に。
残った金はほぼ全て給与扱いだ。
まあ、私の分は多少は残して会社の資金としてあるが。
裏帳簿的に二人の報酬の受け取り権利がある金額は別に計算してある。
この辺は来年にでもしっかり考える必要があるんだよねぇ。
何と言っても、この調子で稼いでそれを普通に受け取っていたら来年は私も父親の扶養家族から外れる。
それまでに親に退魔師の存在を説明できるかどうかが微妙なところなのだ。
退魔師がまともな職業だと分かって貰えれば、大学の友人に弟子入りしてかなり稼ぐ様になったと来年はまだしも再来年ぐらいには言えるかも知れないが・・・分かって貰え無さそうだったら大学生なのに事業を始めてそれなりに儲かっていると言うか、卒業するまで収入を100万程度に抑えておくか決める必要がある。
「退魔師の話はした方がいいんじゃない?
やっぱり収入源とか仕事の事をずっと家族から隠すのって微妙な気がするし」
碧がPCに数字を色々と入力してお金の配分を確認しながら言う。
「う〜ん、そうなんだけどねぇ。
うちの家族ってお金の話をそれ程しないから、暫く誤魔化せたら友達と起業したって言う話でも何とかなるかもと言う気もするんだ。
ただ、売っている物が何かとかの話をしっかり考えておかないと。詐欺紛いなビジネスだと思われたら嫌だし」
碧の稼業を手伝ってお守りを売ってるって話はちょっと収入金額的には厳しい気がする。
少なくとも良心的な500円とか1500円のお守りを売るだけなのに2人が各々100万円以上稼ぐなんて、一体いくつ売っているんだって話になるよね。
健康グッズ系の方がまだ単価を高く出来るので誤魔化しやすいが、普通の健康グッズだったらネットで売らないのかって話になるからウェブサイトが無いと怪しまれるし、善意でウェブデザイナーの知り合いとかを紹介されたりしたら面倒な話になり兼ねない。
「退魔師で儲けるにしても、どこで修行したのかとか、その費用はって話になるよねぇ」
溜め息を吐きながら碧が言う。
そう。
あっさり私が退魔師として働いていけているのは前世からの技能があるからだ。
才能があったとしても、本来ならば絢小路先輩の様に弟子入り先を見つけ、多額の礼金や稽古料を払う筈であり、そこら辺の負担に関して親に助けを全く求めないと言うのは不自然極まりない。
「でも、前世の記憶があるなんて話は家族にしたく無いんだよねぇ。
排他的な反応されたらやっぱり辛すぎる」
ある意味、物心ついた頃から前世の記憶があったら自分が他と違うと言う意識がずっとあり、家族との関係も一歩離れた感じになって異物として阻害されても気にならないかも知れない。
だが、15歳までは普通に前世の記憶も無しに育ってきたのだ。
突然記憶が生えたからと言ったせいで変な目で見られたらちょっとダメージがでかい。
家族がどう言う反応をするか、イマイチ分からないんだよねぇ。
『変な記憶があろうと凛は凛だ』と言ってくれるだろうと言う気もするが、カッコウの様な実は家族のフリをした偽物が紛れ込んでいたのか?!なんて反応をされるかもと思うと、怖い。
記憶ではなく、これからの反応なので精神を探っても家族がどう感じるかは分からないし。
まあ、話をして反応が悪かったら記憶を削ると言うのも最後の手段としてはあるが・・・それをやっても私的には家族との関係は既に壊れた後の話なので、まだ黙っている方がマシな気もする。
なんとも悩ましい。
取り敢えず、正月に実家に集まった際に少し探りを入れてみよう。