プラスなカルマ・・・だと良いなぁ
「なんかここってさぁ、瘴気が凄過ぎて各部屋を除霊した後でも暫くしたら悪霊の溜まり場になりそうだね」
14階最後の部屋の確認を終え、詳細を記載し終わったタブレットのケースを閉じた碧が溜め息を吐きながら言った。
「だねぇ。
悪霊が階段を登ってきたり、ふわ〜っと風に乗って高層階まで来るのかは知らないけど、絶対に下の方とかは除霊しても後から関係ない悪霊がどんどん住み着いちゃいそう」
15階全部を確認し終わった時点で大分とここのマンションにも慣れてきたので、効率性も考えて夜更かしが肌に響かない程度に午後から夜半に仕事をする様にしたのだが・・・このマンションはある意味先日のFPSに使った廃工場の側の石碑跡と同じ感じだ。
怒りや怨みから転じた瘴気が建物に染み付いていて、悪霊にとって居心地がいい環境を作り上げている。
日中は『ちょっと鬱々』と言う程度だが、夜になると露骨に瘴気が感じられる。
悪霊が蚊の様に風に乗って上層階まで来れるかは知らないが、そのうち地上付近を移動してきたのが低層階に巣食う様になるのは確実だろう。
先に入ったのが後から来た悪霊に押されて上階へ移動するか、もしくは後から来たのが空部屋を求めて上に動くかは不明だが、放っておいたらこのマンションは除霊してもまた直ぐ悪霊憑きになるだろう。
腕の良い(もしくは良心的?)な退魔師が除霊した後の部屋に悪霊避けの結界を設置したとしても、それこそ今度は『霊障無し』と報告した部屋に悪霊が住み着く可能性もある。
「フロア毎に移動出来ないよう、結界でも張っておく?」
同じ危険性を思い付いたのか碧が提案する。
「取り敢えず10階と11階の間に張ってみて、下の方のチェックをしている間に高層階の除霊が終わった後の様子を時折確認するとか、どうかな?」
各階毎に結界を張るのはちょっと多いし、目立ちそうだ。
まあ、あまりにも悪霊の移動が多いようなら考慮する必要もあるかもだが。
ボランティアはやり過ぎてバレると退魔協会に舐められるか睨まれるかしそうだが、今回はちょっと変則的なケースだからねぇ。
取り敢えず、様子を見ながら目立たぬ範囲でやっていこう。
相変わらずギシギシ軋むエレベーターで1階に降り、駐車場に停めてある車のところへ向かう。
「ありゃま」
車のそばに倒れている若い男達の姿を見て、碧が溜め息を吐く。
「懲りないねぇ。
いい加減ヤバいって噂が広がるかと思ったんだけど、意外とこう言うバカって横の情報共有がないんかな?」
前世では破落戸はそれなりに酒場とかで情報収集していたらしいんだけどなぁ。
あっちでは貴族とか上に伝手のある悪徳商人が関わるヤバい案件にうっかり首を突っ込むと、破落戸なんて『一応の為』感覚であっさり消された。だから裏社会の人間もそれなりに切実に情報収集に努めたものだ。
日本みたいに緩くて、下手をしたら加害者の権利の方が被害者の権利よりも守られている国だと情報共有の切実さも少ないのかも知れない。
夜遅くまでここで働く様になり、人目も無いし悪いことを考える様な人間が集まりやすい瘴気満載の場所なので、車を壊されたり、車に忍び込んで帰ろうとする我々を襲ったりしない様にと私らが借りている社用車に触れると昏睡状態になる様に術をかけてあるのだが・・・これで撃退3回目である。
術が起動すると魔力が使われてしまうから迷惑なんだけどねぇ。
起動しなかった術は半分ちょっとぐらいの魔力を回収できるのに、またもや無駄になっちゃったよ。
碧と私で交互に術をかけていたのだが、今日のは私のだった。
迷惑な野郎どもだ。
「まあ、死ぬほど酷い霊には憑かれていないみたいだし、放置だね」
車を出すのに邪魔な場所に転がっている男を足で転がして退けながら碧が言う。
瘴気満載で悪霊もウジャウジャいる敷地で爆睡しているのである。
当然変な霊には取り憑かれているから、神社にでも行かない限りがっつり肩凝りに悩まされる事になるだろう。
「ついでに不能にしておこう」
ちょっと頭に触れて直近の記憶を読んだところ、車ではなく私達を襲うことを目的としていたようなので、2度とこう言うことをしようと思わないように指令を掛けておく。
ちゃんと誰かの事を好きになって相手から合意を得られれば性行為そのものは出来る様にしてあるから、心を入れ替えて誰かと真摯に愛し合おうとするならば子供もできる。
単なる世間体とか金目当ての結婚じゃあ無理だろうけど。
まあ、その程度の罰は当然の報いだろう。
「霊障チェックの仕事に殆ど霊力はいらないけど、最近は普通の除霊の仕事よりもよっぽど力を使っている気がするねぇ〜」
碧が溜め息を吐く。
「ホント。
この仕事が終わるまでにここら辺一帯の女を食い物にしようと考えるような悪人を一掃しちゃいそうだね」
マジで1月末までにこの地域の悪人率が下がりそう。
いや、こいつらが悪人である事は変わらないから、『悪人率』と言うよりも『無辜の女性が襲われる確率』が減ると言うべきかな?
誰からも感謝もされないし報酬もない完全なボランティア活動だが・・・世のためのサービスをしているって事でカルマにプラスな効果があると期待しておこう。