恨みが滲み出てるのかも
結局、最高層の11階〜15階を12月15日まで、中層の6階〜10階を1月15日迄で各部屋1万円、下層の1階〜5階を1月31日迄で1部屋2万円で調査する事になった。
全ての部屋の鍵は青木氏が預かっているので随時必要に応じて我々が適当にピックアップして借りておいて随時返す。
通勤及び労働日時は実務詳細をエクセルに記録して提出して青木氏が精算。
各部屋の霊障に関しては分かった物に関しては詳細をメモ書きで報告したら1件につき追加で5千円となった。
今までは悪霊が『居る・居ない』を判定する事に関して1万円貰っていたのだが、今回は少しでも情報を増やして退魔協会の調査を早めて除霊を簡素化する為に、追加情報を協会への依頼時に提出するつもりらしい。
まあ、少なくとも我々が見つけたのに退魔協会の調査部が見落として、『霊障無し』との返事にクレームをつけて『もう一度ちゃんと調べろ!』と喧嘩になって再調査したら見つかるなんて言う時間の無駄は無くなるかもだから、無駄ではないかな?
青木氏曰く、我々が『居る』と判定したのに調査班が見落としたケースが幾つか初期にあったらしい。
2度ほど『見つからなかったら調査料を再度払う、見つかったら再調査料は無し』と言う再調査を頼んで霊障が見つかって以来、青木氏の依頼は基本的に『居る』のしか来ないと協会も学んだのか、そんな喧嘩は無くなったらしい。ただ、今回の様な大規模案件を頼んだらまた見落とす様な調査人が送られる可能性もありという事で、最初から情報開示込みでいくつもりらしい。
微妙に時間が押してる感じだねぇ。
驚いた事に、この大規模案件、青木氏も噛んでいるらしい。
だから我々関係の契約とかやり取りの相手が青木氏なのだ。
まあ、信頼できるし面倒がないので良いけどね。
本当だったらもっと依頼料を吊り上げられるんじゃ無いかという気はしないでも無いが。
多分、青木氏が関係ない大型再開発で我々が青木氏に相談していたら、もっと第三者契約に近い金額を毟り取れと助言されたんじゃないかと思う。
とは言え、青木氏関係じゃなければ二人の女子大生が今年開業したばかりの事務所にこんな大きな案件の話は来なかっただろうから、これも卵と鶏のどちらが先かって話に近いよね
ある意味現時点の収入予定額でもガクブル状態なので、無理に交渉で金額は吊り上げずに今回は気軽に行こうと碧と話している。
◆◆◆◆
「うわ〜」
青木氏に案内されて来たマンションは、平べったい薄板の様なマンションが3枚並行に並んでいる場所の真ん中だった。
契約が確定し、早いに越した事はないという事で早速来てみたのだが・・・。
酷い。
はっきり言って、前後のマンションの部屋の中がベランダや廊下から丸見えな距離だ。
当然、前後のマンションの人が出入りする時とかベランダで洗濯物を干している時だと真ん中のマンションの部屋の中は丸見えだろう。
一番北側のマンションは南側を真ん中のマンションに塞がれているものの、そこそこの大きな道に面しているので道側はそれなりに解放感がある。
とは言え、道側に共通廊下と玄関を設置し、折角比較的静かでかつ日当たりの良い南側にリビングを持ってきたのに、建って比較的すぐに地域の建築区分が変わったとかで南側に今日行くマンションが建ってしまったのでかなり住民に不満はあったらしい。
が、この真ん中のマンションは更に酷い。建設中になんと同じ建設会社のグループ会社が更に南側の土地を入手してマンション建設を始めたのだ。
元々、もっと大きなマンションを建てようとしていたのに何人かの地権者が頑として首を縦に振らなかったから諦めて薄板の様なマンションを大通り側のマンションの前を塞ぐ様な形で建てる羽目になってしまったのだが、2件目のマンションが建て終わる直前ぐらいに特に強硬に反対していた地権者の一人が卒中で倒れて亡くなり、そこから残りの反対派も上手く説得できてしまったらしい。
つうかさぁ、諦めたんだったら交渉を止めるべきじゃない??
説得するなよ・・・。
既に売り出して頭金も受け取ってしまってほぼ完成しているマンションを取りやめ壊してより大きなマンションに変更する訳にもいかず、建築区分や土地のサイズの問題から3棟目も薄板の様なマンションが真ん中のマンションの真前に建つことになってしまったのだ。
「これって真ん中のマンションを買った人は恨んだでしょうねぇ。
最終的な引き渡し前に次のマンションが建つことなんて既に会社側は知っていたんでしょう?」
黒ずんだマンションの外壁を見ながら碧が呟く。
単なる排気ガスとかのせいなのかも知れないが、真ん中のマンションの壁だけ他の二棟よりもより黒ずんで見える。
素材のせいかもだけど、恨みの可能性も高そう・・・。
グループ会社じゃなくても、業界の噂話として業者の手配とかやっていれば話はそれとなく漏れてくるだろう。
絶対に真ん中のマンションの引き渡し時には建設会社側は比較的すぐに南側へ新しいマンションが建つことを知っていた筈だ。
元々、新しい物好きな日本では新築物件は通常の物でも『新築』から『中古』になった瞬間に1割価値が落ちると言われるのだ。
だったら最初から1割の頭金を諦めて購入をキャンセルした方が、全額分の住宅ローンを抱え込んで日も射さず碌に風も通らない様な売れない物件に住む羽目になるよりマシだろう。
しかも自分は実質騙されて引き渡しを受けてしまったのに、売る時は潜在的購入者へ南側にマンションが建つことを開示しなければならないから、最初から1割どころでない値引きを強いられる、
「最近のマンションって敷地が近くても直接隣接するマンションを覗き込む形にならないように角度とかって気を使ってるのが多いのに、それすらないなんて酷い・・・」
碧が前後のマンションも見ながら言う。
薄っぺらい板型のマンションだから、そんな工夫をする余地も無かったんかね?
「これのせいでかなりグループの評判は落ちましたね。
今回の再開発も、あのグループの会社にだけは絶対に売らないって言うマンション所有者が多かったですし。それもあってあのグループと仲が悪かったせいで完全に締め出されていたウチが所有者の説得をする事になったんです」
苦笑しながら青木氏が教えてくれた。
それこそ会社の社長とかセールス担当の髪の毛とかが入手できたら、絶対誰かが呪ってそう。
まあ、それはさておき。
我々はこの悲惨なマンションがさっさと取り壊せる様に手伝えばいいのだ。
あまり深く考える必要はない。
「エレベーターはこちらの業務用の1機だけが動いています。ここに鍵を挿して回したら呼べる様になっているので、この鍵を無くさないでくださいね。
共用部分の最低限の照明はついていますが、専用部には通電していないので夜でしたら懐中電灯が必要です。
あと、マンション全体で水も止まっています」
エレベーターの動かし方を説明しながら青木氏が上まで行くのにエレベーターを呼び出して見せてくれた。
そっかぁ。
もう誰も住んでいないとしたらトイレとかも使えないよね。
自力で15階まで階段を登らないで済むのは助かるが、ちょっと近所でお茶を飲みながら休んでついでにトイレを使える様なファミレスでも見つけておかないと。