呪詛の諸々
呪詛と言うのは何かを対価に差し出して他者を害する術だ。
まあ、攻撃魔術だって魔力を使って他者を害する術なのでその面では大して違いは無いとは言えなくも無いが、呪詛の違うところはこの対価の計算方法だ。
普通に魔力を対価にすると、呪詛でも一時的な害しか与えられない。
つまり、『転んでアザができる』とか『一回下痢になる』と言った感じだ。
これが永続的な害だとほぼ魔力だけの対価では不可能になる。
例えば、攻撃魔術で腕をもぎ取るような攻撃をするにはそれなりの魔力を必要とするが、これは2流の魔術師で一旦すっからかんになる渾身の攻撃、一流の魔術師なら集中する必要はあるが何度か放てる程度だ。
これを魔力だけで呪詛で腕を腐り落そうとすると、不思議なことに命に関わる程の大量の魔力を必要とするのだ。
つまり、他者を永続的に害するのに一時的な回復する対価(魔力)でやろうとすると、致命的に効率が悪いのだ。
だが、代わりに寿命や自分のからだの一部を差し出すと・・・一気に効率が良くなる。
腕が良い呪師だったら誰かの右腕の関節を麻痺させる(実質右腕を使い物にならなくする)のに小指一本程度の対価でも可能なのだ。
黒魔術師の主な職務の一つに解呪もあったので、前世では呪詛の勉強はそれなりにした。
研究の一環としてお互いに呪詛をかけて返して解呪してと前世では色々やっているが、今世では呪詛を掛けるのは初めてだ。
試したところ、ニキビだと対価はどうなるかと言うと・・・1日で消える程度だと、魔力だけでもできるし、実は髪の毛でもOKだった。
流石に床に落ちていた抜け毛はダメだが、引っ張って抜いた毛で発動した。
一応1日で消えると定義してあるので継続的損失にはならず、抜いた分は元通り生える・・・筈だが、確認が難しいので最初に試した一回以外は魔力だけでやる事にしたけど。
今はちょっとくらい毛が抜けた方がスッキリする気がしないでも無い位だけど、テレビのドラマの合間にやっている育毛とか女性用ボリュームアップのウィッグのCMを見るに、中年以降になると女性も毛が心許無くなる場合もあるみたいだからね。
長期的視点から考えると、たかが実験で永続的に毛を無くす訳にはいかない。
永久脱毛的に脛の毛を使うのもありかなぁとも考えたけど、流石に脛毛で生やしたニキビってちょっと嫌かなとも思ったし。
ある意味、永久脱毛する為に脇毛を使った呪詛というのも経済的?!とも思ったが、定期的に処理しているのでせいぜい1センチ弱しか伸びていない脇毛を狙って呪詛の対価にするのは中々難しい。
うっかり腕の神経とか筋肉を間違って対価に差し出しちゃったら取り返しがつかないので、危険な実験はやめておいた。
「考えてみたら、魔力を対価にする呪詛って従姉妹には出来ないよね?」
鏡で自分の鼻の頭に出来たニキビを観察していた碧がふと指摘した。
基本的にニキビも吹出物も全て目についた瞬間に治してきた碧なので、ぷっくり鼻の上に出来上がったニキビは初めての経験らしい。
まあ、私もニキビができるとついつい潰しちゃうんで、今回の様にニキビを2日我慢する経験は初めてだったけどね。
ちなみに、呪詛のニキビを白魔術で癒すと呪詛返しが起きる事も判明。
また、呪詛返しで出てきたニキビを潰しても数十分後にまたニキビが同じように出てくるのは中々不気味だった。
「そうなんだよねぇ。
だから髪の毛を一本引き抜いて対価にして貰おうかと思っていたんだけど、どうやら白魔術で回復するだけで呪詛返しになるみたいだから、碧の回復符でも同じ事が起きるか確認して、あれで返るんだったら私が従姉妹さんにニキビ呪詛を掛けて、彼女に碧の回復符で返して貰うのでどうかな?」
髪の毛一本程度なら別に二度と生えてこなくても問題ないと思ったが、呪詛返しが私に来る方が万が一の問題が起きても対処しやすい。
従姉妹さんを呪う為に髪の毛か爪でも送って貰う必要があるが。
前世と違って滅茶苦茶精巧な姿絵(写真)や動画があるのでそれで呪えるかとも思っていたのだが、前世で相手の体の一部(毛や爪や血)が呪詛に必要だったのと同じで、今世でも視覚的情報だけでは呪えないらしい。
攻撃魔術は目で見た対象どころか見えなくてもそれなりに当てずっぽうで放てるのに、やはり呪詛って不思議だ。
まあ、そうじゃなければ俳優とかモデルとか、人前に良く出る政治家や王族は呪われ放題だから良かったとも言えるけどね。