実験しよう
「ありがとう。
一気に楽になった」
呪詛返しが終わった瞬間、豊橋氏がふうっと大きく息を吐いてから伸びをした。
「比較的弱い呪詛だったせいか、返しの転嫁していなかったんで我々に頼まなくてもそこら辺の退魔師や神社のお祓いでも大丈夫だった可能性はそこそこありますけどね。
明日あたりに、ちょっと体調が悪くなって顔色が微妙な知り合いに会ったりしたら犯人かもです」
ちょっと不要に高額依頼をする羽目になって悪いなぁと思い、取り敢えず分かっている事を伝えておく。
まあ、金持ちによる呪詛返しの依頼な段階で退魔協会からぼったくられる事は決まっていた可能は高いが。
碧の場合、実力に反してランクは低いから依頼料は指名しても本来は低めな筈なのだ。
今回は退魔協会が弱みにつけ込んでガッツリ報酬を吊り上げて請求したようだが。
「構わん。
腕よりも信頼がお主らを指名した理由だったしの」
肩を竦めながら爺さんが答えた。
「転嫁解消には失敗するかも知れませんが、一応退魔協会から斡旋されるどの退魔師も、呪詛返しだけならちゃんと出来ますよ?
流石にそこの信頼を裏切ったら協会の存在意義に悖りますから」
碧が苦笑しながら口を出す。
メンバーの擁護とか後継者育成の動きはイマイチだが、退魔協会も客の対してはしっかり問題解決はしているらしい。
守る筈の内部よりも客の方が安心して相談できるなんて、互助組織である筈の業界団体として失格だけど。
「ふむ。
まあ、これからも何かあったら頼むよ」
薄く笑いながら豊橋氏が応じた。
どうやら寿命で死ぬ前にまだまだ呪詛を掛けられる可能性が高いと見ているようだ。
下手をしたら毒を盛られて碧に助けを求める可能性もゼロでは無いし。
まあ、政治家ではない知り合いなので、碧の気分次第では助けても構わないと碧は言っていたが・・・そんな事にならぬよう、期待しておこう。
◆◆◆
「そう言えばさぁ、碧の知り合いでアメリカかヨーロッパにでも留学している人いない?」
帰りの車の中で碧に尋ねる。
「なんで〜?」
「ちょっと魔術の伝達速度を調べる実験をしてみたいと思って」
先程の呪詛返しの最中に考えた事を口にする。
まあ、魔術の伝達速度って言っても攻撃魔術ですら海外に届いたりしないから、試せるのは呪詛返しだけなんだけどね。
「魔術ってそんな遠距離で効くものなんてあったっけ?」
碧が首を傾げて聞き返す。
「実際に試せるのは呪詛返しだけだけど、ちょっと興味があるじゃん?
誰かに軽い呪詛、例えば『鼻の上にニキビが一つ、1日間できる』って言う呪詛を碧か私に掛けて貰って、それを返した時に呪詛返しが相手に届くのに掛かる時間を調べたら魔術の伝達速度が分かると思わない?」
碧がちょっと興味を引かれた様な顔をして考え込んだ。
「期間限定したニキビの呪いだったら呪詛返ししてもニキビが2つになるか、1つが2日間になるだけだよね?
・・・面白そうだね。
アメリカとヨーロッパは退魔師の事を知っている知人はいないけど、オーストラリアに従姉妹がいるから、協力を頼んでみよう!」
ふふふ。
ある意味全然意味のない実験だけど、楽しそうだ。
いや、一応通信用魔道具を作れたら意味が無くもないかな?
とは言え、携帯の方が便利だからねぇ。
念話の魔道具をつくれたら携帯が使えない様な場合に役立つかも知れないが・・・魔石が無いと厳しいし、私に上手く作れるかも微妙なところだ。
一応魔法陣は知っているけど魔道具を実際に作った事は無いからなぁ。
自分の魔力を使う形の魔道具だったら碧との間で使えるかも知れないが。
時折声に出さずに相談する必要が生じている事を考えると、作れないか試してみる価値はあるかも?
碧と私だったら1日程度で効果が切れる使い捨てチックなのを符用の和紙を使って作るのもありかな。
まあ、それはともかく。
「うっし!
じゃあ、その従姉妹に連絡する前にニキビ呪詛用の符を作って、実際に返した時の効果を試してみようか」
失敗して呪詛返しのニキビがずっと無くならなかったりしたら悪いからね。