魔術の伝達速度?
「遠くまですまんの」
鎌倉の屋敷に着いた我々は裏の山に面したサンルームっぽい部屋に案内された。
豊橋氏は足を上げた安楽椅子に体を預けていたが、かなりぐったりした様子で顔色も前回のディナーの時より悪い。
「いえいえ。
それなりのぼったくり報酬ですし、送り迎え付きですから。
具合はどんな感じですか?」
碧があっさり答える。
命を救うんだから金持ち相手だったらぼったくるのもありなんだろうねぇ。
と言うか、ウチらは退魔協会から幾らって言われた金額にイエスかノーを言うだけなので、どの位協会が相手を見て吊り上げているのか知らないけど、今までの依頼の中では一番高額な依頼だった。
まあ、呪詛返しはそれなりにリスクがあるし、高い技術力が必要だから単なる除霊より高いのは納得だが、黒塗りガラスの時よりも多いのってやっぱり爺さん本人がターゲットだからぼったくったんじゃ無いかと思う。
詳しいことは知らないが。
もしも協会側に報酬の計算体系があるなら是非見せて欲しいところだ。
依頼主の資産額、年齢、家族構成、依頼内容(除霊か呪詛返しか)、過去の歴史(昔からずっと根付いている悪霊なのか)、退魔師が依頼完了に掛かると思われる時間とかを考慮すると思うが、ある意味最初の3つはぼったくる為の評価基準だよねぇ。
まあ、それはともかく。
「退院してから、ここ20年程感じたことがないぐらい快調だったのだが・・・急に先週になって足の関節が痛くなって歩きにくくなり、食欲が落ちてきた。
入院前はその程度の不調は良くあった事だったからただの加齢かとも思ったが、一応病院に毒のテストを一通りして貰ったところ特に異常がないとの話だったので退魔協会にも調査して貰ったら呪詛だと出たのでな。
お主たちを頼った」
爺さんが容体を説明した。
ふうん。
関節を痛くして歩きにくくし、食欲を落とす。
高齢者ならフレイルな状態になって健康寿命が一気に短くなりそうだね。
あまり看護婦が話しかけてくれたりしないような病院に入院すると一気にボケる事も多いらしいし、高齢者が対象だと殺すほどの強い呪詛じゃ無くても結果的に相手を寝たきりにして早く死へ追いやれるのか。
前世では呪詛を掛けられる程の金持ちだったら白魔術師を雇えるので、高齢者と言っても死ぬ直前まではぴんしゃんしていたからあまりそう言うタイプの呪詛は無かった。
呪詛も世界によって形が変わるんだなぁ。
そんな事を考えつつ、豊橋氏の肩に触れてそっと呪詛を確認していく。
関節の炎症を起こすのと、食欲不全を起こす術が掛かっている。
後は・・・腎臓にも負荷をかけてるね。
腎臓は壊れたら死なないにしても透析とかで大変だと聞くし、中々地味に嫌な術だ。
体全体の血流も多少悪くしているし、老人にはキツイかも知れないがある意味若かったら掛かっても極端に体調不良を起こさなそうなぐらいの緩い呪詛だ。
金を払って呪いを誰かに掛けるなら、もう少し即効性がある事をしそうなもんだけど。
これでは高齢者でも死なないぞ?
嫌がらせなのかね?
呪詛返しの転嫁がついていたら嫌なので、返さないようにそっと呪詛のリンクを追っていく。
ふむ。
東京の方かな?
ちょっと遠くてキツイ。
前世では呪詛をかけた犯人(?)がそれ程遠くにいる事はなかったのだが、考えてみたら呪詛返しの転嫁を確認する場合に距離は意味を持つ。
他の国とかへ旅行や出張で行かれていたら確認が厳しそうだなぁ。
と言うか、日本で呪詛返しをした場合に相手がアメリカとかに居てもしっかり呪詛が返っていくんかね?
ある意味、その返しが届くのに掛かる時間がどの位になるのか、興味があるな。
完全に同時(だとすると魔術は光より早い?!)か、光か音と同じ程度の伝達速度か、もしくは数時間とか数日掛かるのか。
魔術の伝達速度を確認出来たら面白そう。
まあ、今回は東京っぽいから伝達速度の確認は無理だけど。
根気よく丁寧に追っていったところ、最近の流行りに反して珍しく転嫁が組み込まれていなかったのでそのまま呪詛を返す。
費用をケチったのか、高齢者の体調不良と思われて見逃されると舐めていたのか。
ある意味、高齢者の加齢からくる体調不良に似せた呪詛って賢いよね。
バレない可能性が高くなる。
もしかしたら最近の日本ではこう言う呪詛がよく使われているのかな?
さっさと老人にリタイアしてもらって権力を握りたい若いのはどの世にも沢山いるだろうし。
まあ、犯人が高齢者じゃ無い限りこれなら倍返しになっても死なないだろう。呪詛返しを解除出来る人が見つかるまで暫く体調不良に苦しむが良いよ。