釘は刺されたようだ
碧が退魔協会に絢小路先輩の弟子入り騒動の話をチクった三日後、大学でランチを食べた私は食休みも兼ねて精神感応で八幡先輩が居ないか探していた。
碧がチクった翌日には、退魔協会から師匠を確認してその人から絢小路先輩に『誰かに教えた場合の賠償責任』に関してしっかり説明してぐっさりとぶっとい釘を刺したと連絡が来ていた。なのでもうそろそろサークルの方にもこっそり教えるのは無しだと話が広まっているか確認したかったのだ。
久しぶりの天罰実行後だったせいか、やたらと退魔協会の職員のレスポンスが早く、腰も低い感じだったね〜。
まあ碧は退魔協会の職員たちとのやりとりに慣れていて、波を立てずにこちらの要求を通すのが元々上手いんだけどさ。
私はどうも前世の王族たちに良い様に悪用されたトラウマが残っているのか、権力を振るう側の組織の人間に対して少し身構えちゃうんだよねぇ。
要件があれば普通に意思の疎通は出来るんだけど、ついつい固くなって必要最小限しか言わなくなりがちなので基本的に退魔協会とのやり取りは碧に任せている。
マジで助かってる。
それはさておき。
ちょうど八幡先輩が学食の方向に歩いて来ているところだったので、急いで食器を片付けて外に出る。
「あ、先輩。
こんにちは!」
良い感じに学食の入っている建物を出たところで先輩にバッタリ会えたので、カジュアルに挨拶した。
「あ、やっほ。
ランチを食べたとこなの?」
チラリと私の後ろに目をやりながら八幡先輩が聞いてきた。
「ええ。
今日の日替わりランチはスパニッシュオムレツと豚の生姜焼きと言うなんとも不思議な組み合わせでしたが、どちらも美味しかったですよ」
この大学の学食は、時折不思議な組み合わせの定食を出す。
今回のは豚の生姜焼きとご飯、味噌汁、サラダという定食におまけでスパニッシュオムレツがついた形なのかな?
・・・誰かが卵のケースを落として大量に卵を消費する必要が出てきたのかも知れない。
考えてみたらウチの学食では卵を使った場違いな定食(ラザニア定食に何故か出し巻き卵が付いてたり)がちょくちょく定期的に出るので、学食の職員によっぽどウッカリの多い人間がいるか、どっかの養鶏場にコネがあって卵が安く大量に入るかなのかも?
まあ、美味しいんでいいんだけどさ。
「相変わらず不思議な定食ねぇ。
そう言えば、サークルの方は落ち着いてきたからもう顔を出しても大丈夫そうよ」
日替わりランチを聞いて微妙な顔をしたものの、にこやかに八幡先輩が教えてくれた。
お!
釘を刺された絢小路先輩がちゃんとサークルの方にも『教えるのは難しい』って伝えたのかな?
「退魔師の弟子入りが詐欺だって判明したんですか?」
「いや、なんでも弟子入り前の契約の説明を受けたら、一人前になる前に教えた弟子が問題を起こした場合、教えた人間も賠償責任を負う事になるって言われたんですって」
八幡先輩が教えてくれた。
「それって絢小路先輩が一人前になる前に問題を起こしたら師匠の人が賠償責任を連帯で負ってくれるって事ですか?
今時、個人の連帯責任なんて珍しいですね」
「そうよね。
で、その際に絢小路先輩が一人前になる前に勝手に誰かに退魔の術を教えてその教えた相手が問題を起こした場合は絢小路先輩が賠償責任を負うし、それに関して師匠の人は関与しない事に合意する誓約書に血判つきで署名させられて、ビビったらしいわ」
ふふんと少し鼻で笑いながら八幡先輩が言った。
どうやらサークル内に詐欺紛いな借金申し込みをして問題を起こした絢小路先輩にかなりご立腹だったようだ。
「しっかし、退魔師の弟子が起こす問題に関する連帯責任の決まりなんて本当に法律上決まっているんですかね?」
法学部で色々と法律に関して学んではいるが、元々日本はやたらと色んな法律がある上に省令やら通達などもあるので聞いたこともないマイナーな法規制があっても全然不思議では無い。
が。
今まで一度も退魔師関連の法規制(白魔術師の治療禁止も含めて!)って見た事がないんだよねぇ。
授業では当然出て来ないし、ネットで探しても普通にキーワード検索で出てくる範囲では全く言及されていない。
今度、退魔協会の職員にでも法規制の詳細を聞いてみようかなぁ。
「さあねぇ。
まあ、ある意味退魔師なんて云う超常の技術が本当に存在するなら、業界の中で掟を強制的に守らせる手段もあるんじゃない?
無いんだとしたら退魔師の術そのものが存在しないんじゃ無いかって話になるから、100万円も払って弟子入りする意味がないし」
肩を竦めながら八幡先輩が応じた。
確かに。
法律で規定されているなら違反したらマジで賠償責任を負う事になってヘタをしたら自己破産する羽目になるし、法規制が無くて業界内で決まりを強制する方法すらないなら、大金を払って弟子入りする意味も無さそうだ。
100万円を払っても弟子入りする価値があると信じるなら、適当な後輩にその術を教えるのは自殺行為に近い。
とは言え。
「でも、お金を集めて出鱈目を教えて『君には才能が無かった』って言い逃げする分には絢小路先輩には危険はありませんよね?
まあ、バレたら刺されそうですけど」
「あの人は考えは甘いし考え足らずなお坊ちゃんだけど、悪い人では無いからねぇ。
流石に最初から騙すつもりでお金を巻き上げるのは出来なかったんじゃない?」
意外だ。
大学4年の秋になって退魔師の弟子入りなんて言い出す様な無計画な人だが、それなりに良い人らしい。
とは言え、こう言うタイプって大人になって問題が大きくなり、『良い人だから』で済まない状況に直面する事が多くなると段々開き直って悪事をする様になることも多いんだけどねぇ。
取り敢えず。
年が離れててよかった。