粘着お断り
「う〜ん、辛うじてでも知ってる先輩が『自殺』なんて事になるのは微妙だけど、どうする?
ここで我々が本物の退魔師だなんてバラしたら、絶対に粘着されるよね?」
もしも弟子入り先が詐欺師だったら我々に教えろって言うだろうし、本物の退魔師で弟子入りに100万円は適正相場だと言ったら、後輩なんだからもっと安く(出来れば無料で)教えろと言ってくるだろう。
「だよねぇ。
これが八幡先輩だったら本人の人格も信頼できるし、考えないでもないけど絢小路先輩なんて殆ど知らないし」
碧が面倒臭そうに溜め息を吐いた。
我々がサークルに入った頃には4年の先輩方は就職活動や卒論に忙しくて殆どサークルに出てきていなかったので、顔も名前も覚束無い。
そんな人間の為に大学生活を棒に振るつもりは無い。
もしも絢小路先輩が物凄い人格者で我々に粘着しないとしても、サークルに我々が退魔師であるという情報は漏れるだろうし、そうなったら『来世の為に!』と皆から退魔の術の使い方を教えろと言われるのは確実だ。
断ったら詐欺師扱い一直線だろうし。
断らなくても全員の才能を開花させられなければ結局は詐欺師扱いだし、下手に開花させたら尻を叩いてでも一人前になる所まで鍛えなければ賠償責任がこっちに来るなんて、冗談じゃあない。
第一、『物凄い人格者』だったらサークルの後輩に自分の弟子入り費用をカンパしろなんて持ちかけないだろう。
・・・どう考えても、首を突っ込んだら泥沼な悪夢に囚われる将来しか想像出来ない。
「退魔協会に『先祖が陰陽師だった絢小路家の息子とやらが、不特定多数のサークルメンバーに将来退魔の術を教える約束で弟子入り費用のカンパを募ってる』ってチクろうか。
まだ実際に弟子入りしていないなら先輩は『自殺』とまで行くほどの制裁も受けないでしょ?」
膝の上に飛び乗ってきた源之助の頬をワシャワシャ撫でながら碧が頷いた。
「そうだね、退魔協会にチクろう!
正規の退魔師だったら、師匠側から情報漏洩に関してぶっすり太い釘を刺すだろうし、詐欺だったら警察経由で摘発されるだろうから、どちらにしても最悪な結末は避けられる筈。
サークル内部の状態がどうなるかは知らないけど、もう4年なんだしサークルとの連絡を絶っても問題ないでしょ」
つうか、私らがサークルに出入りしていた時点で殆どサークルに来てなかったしね。
取り敢えず、誰も死なないで済みそうで一安心だ。
もっとも、絢小路先輩が就職浪人になるか多額の借金持ちになる可能性は高そうだが。
「しっかし、後輩にカンパを募るなんて。
そこまで情けない事するぐらいだったら金を貸すって親も言わないんかね?」
蔵があるような旧家だったらそれなりに金はあるだろうに。
陰陽師がオープンに働いていた時代の物が残っているなら骨董品として売ればそれなりに金になるだろうから、100万円を払えないって事はないだろう。
碧が肩を竦めた。
「一人前になるまでに数百万円掛かるんだよ?
それなりに才能がなきゃ一般的に結婚して孫を産む年齢までに借金が全部返済出来るかも分からないんだから、普通に企業に勤める方が良いと思っているんじゃない?」
確かに。
「旧家ならそれなりに伝手があって自分の子の才能ぐらいは調べてありそうだしね」
陰陽師だった先祖の品をサークルの仲間に見せたがる程度に息子が超常の技に興味があるなら、確認程度はしていそうだ。
「退魔の技を学ぶ!なんて言い出すのは中学生ぐらいが多いんだけどねぇ。
却って先祖が陰陽師だったせいで反抗期は違う方向にはっちゃけたのかな?」
碧が携帯に手を伸ばしながら言った。
成る程。
一般家庭からの弟子入り希望は中学生時代が多く、退魔師の家庭だとそれより前から始めているか、もっと後になるのかな?
前世では魔術の才能持ちに反抗期や違う職業なんて許される様な環境じゃあ無かったからなぁ。
せいぜいが魔術師になった後の進路で、宮廷魔術師になるか、軍属魔術師になるか、冒険者になるかの違いだった。
民間でのんびり働くのは怪我か加齢で第一線での仕事をリタイアしてからって感じだったし。
経済的安定性は悪かったが、前世でも冒険者が子供(特に少年達)には一番人気で、確かに14歳ぐらいの頃って魔物退治にクラスメイトがやたらと熱心だった気がする。
まあ、現実は厳しい。魔物退治の実習に行って大怪我したら大抵は落ち着いたね。
・・・考えてみたら、毎年やっている魔術学院の実習であれだけ怪我人が出るのってわざとだったんだろうなぁ。
妙に白魔術師が多かったし、大量に怪我人が出るのに誰も死なないのって今思うと怪しいし。
なんと言っても実際に魔物が存在し、戦争で高威力攻撃魔術がガンガンぶっ放された世界だ。
黒魔術師程ひどくは無くても、大抵の魔術師の才能持ちの職業はそれなりに限定・誘導されていた。
そう考えると、今世は本当に平和だわ・・・。