誘拐
「一緒に来て貰おうか」
最近は大学の帰りに声を掛けられる事が増えたのだが、とうとう今回はナイフ(多分)を背中に突き付けられて車に押し込まれた。
ミニバンタイプの車で、運転席との間に金属板が入っていて後ろが密室になっている。
これじゃあバックミラーが使えなくて違法なんじゃ無いかという気もするが、扉も外からしか開けられない様に改造されているから、完全に誘拐用の車だしこのまま車検に出したりはしないんだろう。
日本にもこんなのがあるのか〜。
しっかし。
マジか。
車の中ってほぼ密室だし、金属板で区切ろうと至近距離だから運転手と誘拐犯を昏睡状態にするのも可能だが・・・昨日退魔協会で政治家(だよね?)の『先生』の治療を碧が断っばかりだ。
多分そっち関係で、私の情報までこうも早く流れているからには退魔協会のお偉いさんもグルだろう。
そう考えると、あまり露骨に私が能力を使うと後で色々と面倒な事になりかねない。
一番良いのは、白龍さまが誘拐犯と、黒幕と、協会のお偉いさんとに天罰を下してくれること。
次善策としては私が天罰っぽい感じに誘拐犯と政治家とお偉いさんを痛めつけることかな。
さて。
どうすっかね。
取り敢えず、白龍さまがどうするつもりか確認するか。
『クルミ。
シロちゃん経由で碧に私が誘拐されたって知らせてくれる?
そんでもって碧に昨日の『先生』を治療する様に連絡があった場合、私を助ける為に関係者全般に天罰を落としてくれる気があるのか、白龍さまに確認してってお願いして』
クルミに念話で頼む。
『分かったにゃ!』
タイミング的に言って昨日の要請が原因だと思うけど、斑鳩颯人や瀬川《魔眼持ち》の可能性もゼロでは無い。
まずは碧に脅迫電話が掛かるかだよね。
瀬川だったら本人と雇われた人間を対処すれば大丈夫だと思うけど、斑鳩がトチ狂っていた場合はどの程度実家の人間を巻き込んでいるかによって反撃方法も変わる。
碧の依頼が原因だとしても、白龍さまが助けてくれなかった場合はどうやって実行犯以外の関係者を見つけ出してほぼ同時期に痛め付けるかも悩ましいし。
白龍さまが助けてくれなくても天罰が落ちたかの様な報復をすれば今後手を出す人は減ると思うが・・・関係者を洗い出すのが大変そうだからなぁ。
露骨に実行犯から仲介した人間を辿っていくと天罰っぽく無くなるから出来るだけ一斉にやりたいのだが、時間をかけ過ぎるとそれも万能感が損なわれてしまう。
つうか、白龍さまが関与したら黒幕とか実行者とか、すぐに分かるんかね?
碧が協会が手配した合コンもどきな仕事関連の接待で襲われそうになった時は、責任があると見做されたお偉いさんとかにも天罰を下して今後はそういう事をしないように『説得した』って聞いたけど、どうやって対象者が分かったんだろう??
前世では幻獣に人間の悪事の関与を読み取れる能力があるとは聞かなかったけど、氏神さまとしてこちらで動いている間にそう言う特殊能力も身に付けたのかね?
『脅迫電話が掛かってきたら白龍さまが対処するそうだにゃ!』
ストラップのクルミが起き上がって教えてくれた。
お!
ラッキー。
まあ、ここで助けてくれなくって、私の天罰偽装が上手くいかなかった場合、白龍さまは碧個人しか守らないって退魔協会にばれて今後碧と親しくなる人間全員が脅迫のタネになるからねぇ。
そうなると現実的な話として碧は死ぬまで誰とも親しくならずにボッチで過ごす羽目になりかねないから、助けてくれる可能性が高いかなとは期待していたんだよね。
碧に関係ない、私個人関係の事件だったら知らんぷりされる可能性はそこそこ高いけど。
碧が必死になって頼み込めば助けてくれる可能性もあるが。
もっとも、一度ならまだしも何度も助けて貰う羽目になったら『自分の身も守れない様な人間は碧と一緒に働くのに値しない』って排除されると思うけど。
一応今後の事を計画する為に、運転手側の床に座り込んで誘拐犯の意識にそっと侵入して記憶を読もうと集中していたら、車が止まった。
さて。
どうなるかな?
「降りろ」
似合わない髭を生やした(つうか、付け髭だよね???)サングラスの男がバンの扉を開け、命令してきた。
車に押し込まれた時は後ろから尖った物を背中に突き付けられて押されたから誘拐犯の顔を見てないんだけど、ある意味この格好もスキーマスクと同じぐらい面相が分からないね。
まあ、『顔を見たからには殺す』って言われないで済みそうで安心かな?
車が止まったのは古びた倉庫みたいな場所だった。
こんな廃屋みたいな倉庫って日本にもあるんだねぇ。
アメリカのドラマなんかではヤバ気ながらんとした倉庫とか廃棄された工場とかが幾らでもある感じなのだが、日本にもこんな怪しげな倉庫があるとはちょっと意外だ。
まあ、以前の大型案件で行った病院みたいに日本にだって閉鎖された倉庫や工場とかってそれなりにあるんだろうけど、今まで住んでいた周辺地域では見かけなかったんだよねぇ。
ウチらのマンションから車で数十分程度でこんな誘拐に使える様な場所があるなんて。
「お前の同居人へ電話して、昨日の依頼を受ける様に伝えろ」
車に押し込まれた際に取り上げられたバッグから携帯を取り出して、男が渡してきた。
黒幕に会えるかとも思ったんだけど、なしか。
まあ、違法行為に露骨に関与する程馬鹿じゃないってことか。
単に忙しすぎてここまで来る暇がない可能性もあるけど。
私が自分で脅迫電話を掛ける事になるとは思って居なかったけど、取り敢えず白龍さまに助けて貰えそうかな?
こんな状態で黒幕が分かるのか、ちょっと心配だけど。