『祈祷』は今でもあるけど
「実はとある先生が体調を崩していてね。
藤山君に診てもらえないかと非公式にお願いが我々の方に来たんだよ」
オッサンがあっさり要請を言った。
お偉いさんってもっと遠回しに無駄話をするかと思ったんで、ちょっと意外だ。
白龍さまの威嚇効果かね?
「退魔師による医療行為は法に反する行為ですよね?
それとも、ニュースになっていませんが法改正があったんですか?」
碧がにこやかだがよく見ると素っ気なく答えた。
「いや、法改正はそう直ぐに出来る事ではないからねぇ。
だが、医師の監督の元での手伝いだったら違法行為とまではならないから、大丈夫だよ?」
オッサンが答える。
少し冷や汗をかいているのか、おデコがテカリ始めてきている気がする。
「『監督』っていうのは監督者の方が能力が優れる時に使う言葉ですよね?
その『監督』する医師の方に治療をお願いすれば宜しいでしょう。
お手伝いなんて私にはとても出来ませんわ」
碧の微笑みが更にひんやりと冷たくなった。
「いや、医療的なプロとしての知見で危険がない様にモニターして貰うだけで、実際の治療行為は藤山君にお願いしたいとその先生は言っているんだ」
とうとうハンカチを取り出しておでこを拭きながらオッサンが言い募る。
ちょっと白龍さまの圧が高くなってきてるかな?
こっちに向かってないんで判断しにくいけど。
「実は私、子供の頃に回復の才能があるって分かった時は・・・ご先祖様のように近所の人達を癒やして頼られる人間になれると思って本当に嬉しかったんです。
ところが現代では法の規制でそれが禁じられているから、近所のお爺さんが関節の痛みに苦しんでいても助けてはいけないと両親や・・・退魔協会の人に言われました。
近所の親しい人は癒せないのに、退魔協会経由で知らない赤の他人を癒す。これでは地域の人に寄り添った生き方を心掛けてきた藤山家の家訓と合いません。
その『先生』には、私の治療を希望するならまず先に力を使った治療を禁ずる法の改正を通してくれとお伝え頂けますか?
まあ、私で無くても治療できる術者はいると思いますからそこまでしないでしょうが。
では、失礼します」
言いたい事を言って、碧は部屋から出るために椅子を引いて立ち上がった。
怒りに顔を赤くしたオッサンは何か言い掛けたが、白龍さまが圧を更に掛けたのか、息が止まって青くなり、動きを止めた。
流石に退魔協会のお偉いさん(多分)だけあって、白龍さまの圧はしっかり感じられる様だ。
「藤山家って癒しを生業にしていたの?」
協会の建物から出ながら碧に尋ねる。
「本業は宮司だけど、癒し系の能力持ちが多かったから一族で癒しの適性持ちな人間が副業ちっくな感じで地域の住民や氏子に貢献していたの。
だけど第二次世界大戦の後のどさくさ紛れに違法化されちゃったんだよねぇ。
祈祷で癒していますって言い張って祖父の世代までぐらいは治していたんだけど、流石にそれも苦しいから叔父は医者になったのに嫌がらせを受けまくったし。
政治家もそういう医療業界の嫌がらせに色々と協力していやがったから、絶対にあいつらを治す気は無い!」
ふん!と鼻息荒く碧が応じた。
「でもさぁ、白龍さまがいる碧は良いけど、下手に能力が高い癒し系の人間なんて変なのに目を付けられやすくて危険だから、法で禁止しちゃうのもある意味能力者を守ることのなってない?」
最初は回復符の販売すら規制するなんて許せん!と思ったけど、退魔協会と言う互助な筈の組織による保護が微妙な日本だと悪く無いかもと言う気もしないでも無い。
「どうせ権力者は回復の能力持ちの事なんて知っているし、退魔協会経由で圧力を掛けてくるか札束を積むかで誰かに治してもらうんだから、法律なんてあまり関係ないよ。
今の法制度で治療出来なくて割りを食ったのは近所のお母さんや子供、高齢者たち。
退魔師って言うのが胡散臭い伝説っぽい職業になっちゃったけど、これでもウチだって昔は近所の人の具合が悪い時の駆け込み寺っぽい存在だったんだよ。
ウチは寺じゃ無くて神社だけど」
溜め息を吐きながら碧が言った。
先祖の町医者っぽい活躍の記録とかがあったのかな?
恨みや苦しみで残ってしまった霊を追い払う除霊よりも、生きている人を助けて楽にする治療の方がやり甲斐がある生き方だったのかもねぇ。
まあ、周囲の殆どの人間が顔見知りばかりで移動も徒歩がメインだった昔の村社会と違い、車で簡単に誘拐できる現代社会で組織的な保護がない町の回復師が本当に安全に町の治療者として生きていけるかは知らないが、変な法規制が無ければそういう存在を守る方向に退魔協会なり政府なりが動いていた可能性も高い。
そう考えると、戦後の医療業界の連中とそいつらから金を受け取って規制に協力した政治家は罪深い。
今更法改正して合法化しても、下手をすると変な新興宗教モドキが発生しかねないから危険な気もするけど。
とは言え、考えてみたら祈祷で病気を治しますっていう新興宗教の詐欺は現時点でも存在するか。
そういう詐欺と一緒にされたくなくってマトモな術者がますます治療行為をしにくくなっちゃっただけで。