無理強いお断り
「藤山さま、この後ご都合がよろしい様でしたら少しお時間を頂けますか?」
ちょっとした除霊の案件を終わらせ、ついでに頼まれた近辺の地縛霊マップを提出に退魔協会に来た我々に受付嬢が声を掛けてきた。
隣県の廃校になった小学校が高齢者介護施設に転換されて再利用される事になって、邪魔だった地縛霊の浄化を請け負って終わらせてきただけなので疲れてはいないし時間もあったのだが、碧が嫌そうな顔をしてこちらへ振り向いた。
「時間ある?」
・・・これって断れって言う暗黙の要求なんだろうか?
だけど、相手が退魔協会なのだ。
ここで時間がないと言っても粘着してきて後で話を聞く羽目になるだろうから、今やっておく方が変な時間的プレッシャーを受けなくていいんじゃないかな?
「私は大丈夫だよ」
一緒に受付に来たのに態々碧の名前だけを呼んでいたから、本当は協会側としては私は来るなと言いたいところなんだろうけどね。
「いえ、藤山さまだけで結構ですが」
受付嬢がさらっと私を排除しようと声を掛けてきたが、碧がピシャリとそれを切り捨てた。
「色々と怖い思いをしてきたので、今後は個人で仕事をするつもりは無いから退魔協会に事務所として登録しているのです。
パートナーの長谷川に聞かせられない話でしたら最初からお断りしておきます」
前世だったらうっかりヤバい案件の話を聞いたら断ると命に関わるなんてこともあったが、流石に現代日本でそれはないだろう。
そう考えると、碧に説明して私に話を漏らしちゃいけないなんて条件は意味がないと思うけどね。
守秘義務契約を先にサインさせるつもりなのかね?
そんな契約にサインしなけりゃいけない案件なんて碧が即刻断ると思うが。
「・・・分かりました。
では、会議室2Aまで宜しくお願いします」
受付嬢は暫し碧とにこやかに微笑みを浮かべながら睨み合っていたが、こちらが折れる気はないと諦めて渋々合意し、部屋の鍵を差し出しながら言った。
会議室って物理的に鍵が閉まっているのか。
ちょっとヤバくない?
鍵のかかった扉の後ろで何が行われているのか、心配になってきたぞ。
2階への階段を登りながら、そっと携帯を取り出して充電を確認する。
今日は電波が弱い所にも行かなかったし、動画を撮ったりもしなかったのでまだ十分に残っている。
これなら問題なく会議室での会話を録音出来そうだ。
ICレコーダーのアプリを立ち上げて、すぐに録音開始できる様に準備しつつ会議室へ進む。
「何の用だと思う?」
「う〜ん、特に有名な政治家とか実業家が入院したなんて言うニュースも無かったし、ヤバい物件が買い取られたって噂話も青木氏から聞いていないし、なんだろうね?」
碧が首を傾げながら部屋に入り、さっさと窓際の席に座った。
「入院って・・・治療してほしいってリクエスト?」
碧の回復術の腕はかなり良いし、なんといってもいざとなったら白龍さまのパワーを借りられるのでゴリ押しできるタイプの治療だったら無敵に近い。
でも、違法行為なんだよね??
「偶にあるんだよね〜。
医療機関側に取り込まれている才能持ちじゃあ治せない病気の治療要請」
ウンザリした顔で碧が応じる。
「だって、『違法行為』なんでしょ?」
「命には変えられないんじゃないの?」
そりゃあ、命には変えられないだろうが。術者による治療を禁じた権力者側の自業自得だろうに。
どんだけ面の皮が厚いんだと聞き返そうと思ったところで、会議室の扉が開いた。
まあ、権力者が『自分は例外』とルールを無視して好き勝手するのはどこの世界でも共通な問題なのだろう。
ある意味、人類の本能的性質なのかも。
・・・嫌な本能だ。
「やあ、藤山くん。
君の活躍は色々と耳にしているよ!」
何やら上から目線な中年男性が入ってきた。
見た目はちょっとした俳優のような悪くない顔だが・・・オーラというか本性というか、滲み出てくる『気』がめっちゃドギツく濁っている。
うわ〜。
前世の王族並みに悪人っぽいのって今世で初めて見たわ。
やっぱ悪人ってどの世界にでもいるんだねぇ。
こんなのと密室に二人きりのなりたくなかった碧の気持ちがよく分かる。
ふと気がついたら碧の横に白龍さまが具現化していた。
オッサンの視線の動き的に相手にも見えるようにしているので、変な事を無理強いするなと言う警告ってやつかね?