美味しかった
碧に断られた爺さんはあっさり諦め、その後はすんばらしく美味しい夕食をじっくり楽しませて貰った。
企業のトップで我々よりずっと年上な爺さんが相手では会話も弾まず気不味いかもと心配していたのだが、爺さんは話し上手で意外にも夕食は楽しく過ごせた。
ちなみに、入院した爺さんが病院を彷徨うほど心残りだった会社に関しては、爺さんが死にそうだからと権限を横領して会社を売っ払おうとしていた親族達は全員追い出し、日本の企業の存続と競争力キープと従業員の事を第一に考える心ある企業家が集まって作った基金に託し、これからは一族経営の企業ではなく普通の株式会社としての活動を目指すそうだ。
なんと、あの病院で言い争っていた孫と息子、どちらも会社を自分で運営しようとするのでは無く、売り払おうとしていたらしい。
単に売る先の違いで争っていて、他の一族の人間も2人と一緒になって売る相手に関して争っていたんだそうだ。
「会社経営に才能がある人間がおったら譲ろうと思って、誰でも一族の人間は興味を示したら会社で雇って能力を示す事を推奨しておったんだがな。
平の下っ端から始めよと申し付けても儂の名前を翳して偉ぶろうとするアホが多く、結局使える一族の人間が誰一人おらぬ状況になってどうしようかと思って一族外に今後の選択肢を模索していたら、それを察知したのか変な薬を盛られたと言う訳だ」
憤慨した様子もなく、お箸で器用にお肉を取り分けながら爺さんが淡々と説明してくれた。
「創業者だからこそ思い切って色々と出来て成長できた会社が、普通のサラリーマン社長になっても熾烈な世界での競争にこれからも上手く勝ち続けられるか、見ものですね〜」
まあ、碧が治したお陰で爺さんの健康寿命はぐっと若返って余命が伸びた筈だ。
それなりに長く時間をかけて後継者の指導なり見張りなりが出来るだろう。
「ふむ。
確かにな。
まあ、会社なんぞ永遠に生き残るモノでは無い。
太く短く、派手に燃え尽きるつもりで頑張れと応援しておくさ」
既に後継者が心の中で決まっているのか、なにやら相手がちょっと可哀想になる様な人の悪そうな笑いを浮かべて爺さんが言った。
「さて。
改めて言わせて貰うが、今回はどうもありがとう。
ついでと言ってはなんだが、これからも時折年寄りと食事にでも付き合ってくれんかな?」
食べ終わり、帰る段階になって爺さんが聞いてきた。
「まあ、時折なら良いですか。
ただし食べている最中に倒れたんじゃ無い限り治療はしませんし、具合が悪い人を招いてついでに治療させようとするのもやめて下さいね?
本当に死にそうで救いたい知り合いがいるなら、頑張って法改正の為に政治家を動かして医療業界の既存権益を打ち負かして下さいな。
もしくは、海外だったら金さえ積めば回復師の治療が可能な国も多いですから、そちらに行くのも手ですよ」
碧がにっこり笑いながら釘をぶっすり刺した。
へぇぇ。
海外なら規制されてないのか。
とは言え、本物と詐欺師の見分けは難しそうだけど。
「うむ。
しかと心に刻んでおくよ。
お主らの気紛れで拾われた命だ。
お主らには迷惑を掛けずに、心残りを解消して精一杯生きていく。
上手くいったかどうかの話を時折したいだけなので、無粋な願い事はせんと約束しよう」
爺さんが頷いた。
意外とあっさり引いたねぇ。
最初はやたらと気難しげだったし、こないだは急に突然現れたしで警戒していたんだけど、意外とまとも?
これなら偶に自腹じゃあ行かない様なレストランに誘われるのも悪くないかも。
◆◆◆◆
「そう言えば、海外では回復師として働けるなら留学がてらに国を出ようとは思わなかったの?」
爺さんと分かれ、家のそばのスーパーで送迎車から下ろして貰って牛乳を買って腹ごなしついでに歩きながら碧に尋ねた。
「流石に長期的に日本を離れるのは白龍さまが嫌がるからね〜。
叔父は一時期考えたらしいけど、海外は海外でそれなりに利権争いが怖いらしいから。
信頼できる保護者が居ないと危険だし、そこまでして金を儲けたい訳ではないから無医者島に行って島民を見守るので良いやって離島に行っちゃった」
碧が肩を竦めながら答えた。
成る程。
確かに腕のいい回復師は金の卵を産むガチョウだからねぇ。
ちゃんとした組織がバックに居ないなら誰かに誘拐・監禁されてこき使われそうだ。
腕が良ければ『金を積むから今すぐ治してくれ』って押しかけてくる金持ちが邪魔だろうから、穏やかに田舎町で住民を見守り助けつつ生きていくなんて言う様な平和な生活は難しいだろうし。
前世の神殿みたいな組織が有ればそれなりに金儲けに興味がない白魔術師も穏やかに暮らせるんだろうけど、なにぶん地球ではキリスト教とイスラム教が幅を効かせすぎているからねぇ。
白魔術師が宗教団体に上手く守られて働くのは難しそうだ。