都合よく利用されるのはお断り
「改めて礼を言わせてくれ。
先日は、助けてくれてありがとう」
爺さんからのお誘いは結局高級な和風ステーキの店にした。
イタリアンとかフレンチも良いね〜と話し合ったのだが、フレンチはちょっと凝りすぎて何を食べているのか分からないかもだし、イタリアンはパスタやピザは庶民のフードなので超高級店では出ないと聞いて、懐石じゃない和風の洋食チックな店にする事にしたのだ。
こう、素材を厳選しまくった、美味しいんだけど自腹じゃあ勿体なくって食べに行かない様な店。
ある意味日本の侘び寂び文化を贅沢な方向に極めた素材勝負な食事だ。
自分でする料理じゃあそこまで最適の火加減とかを見極められないし、高級素材も買えないので素晴らしく美味しいだろうと妄想しつつ相談して決めた。
イタリアンやフレンチはそのうち旅行で現地に行って、ローカルの家族連れが行くような店を探す方が良さそうだしね。
店の希望とウチらが都合がいい日を連絡したらさっさと食事の日が手配され、寄越されたハイヤーで店に来たらすっとお上品な店の人に待ち時間ゼロで個室に案内された。
そしていの一番に爺さんからお礼の言葉。
どうやら爺さん、下心があるにしても感謝は本当にしている様子。
「いえいえ、どういたしまして。
ここの食事と、先日送られてきたギフトカタログで十分お礼をして貰っていますから」
碧がにこやかに応じる。
ちなみに、ギフトカタログはめっちゃ豪華なカタログが送られてきた。
旅行や食事、オーダーメイドの礼服や家具、絵、舞台鑑賞その他諸々がカタログに載っていて、ポイント分だけ選べるのだが・・・やたらとポイントがあったのだ。
正確な事は分からないが、カタログに載っていたアイテムのポイントとネットで購入した際の値段を換算すると40万円分ぐらいなんじゃないかと思う。
まあ、こう言うのって卸値と小売値の違いとかもあるだろうから30万円から50万円の間ぐらいは誤差の範囲内だと思うが。
ある意味、幾らか分からないから収益として確定申告しなくてもいいよね〜と碧と話し合って決めた。
豪華なカタログアイテムではなくマイルや現金化出来る商品券への換算も可能な様だったが、流石にそれは無粋だとやらない事にした。
あまり残る物を選ぶと二人の間でどう分けるかが面倒だったので、基本的に体験サービス系を選ぶ予定。
とは言え、旅行はまだ暫く行けない(碧が源之助を残して出掛けるのを拒否)ので、食事処や鑑賞系でどれが良いか、じっくり吟味しているところだ。
「ふむ。
そう言って貰えるとありがたい。
だが、術者の回復術があれ程凄いとは知らなかった。
退魔協会では全く話にあがらなかったが、何か会費でも払わないと提供しないサービスなのか?」
爺さんがホットタオルで手を拭きながら尋ねた。
おや。
もしかして、これが聞きたかったの?
「あれ、ご存じありませんでした?
日本では医療業界の権益保護の為に、医師免許を持っていない限り退魔関係で怪我した人以外の回復術による治療は違法なんですよ。
ですから、私も豊橋さんを治療していませんよ?
報酬も受け取っていませんし」
碧が冷たく笑いながら答えた。
爺さんが一瞬絶句した。
「それは・・・想定外だな。
だが、権力者が認知機能の改善や駄目になった器官の復旧を求める事はよくあることだろうに。
儂はそこまで政治に関わって来なかったが、政界にのさばる老害どもだったら法律なんぞ関係なく助けを要求しそうなものだが」
老害って。
爺さんだって十分老人だろうに。
まあ、老害とは違うと言いたいのかな?
それとも、小学生の頃は20代以上の大人は誰でも『おじさんとおばさん』だったのが、20歳間際になってくると20代と30代ですら違いが極めて大きく感じられるのと同じで、高齢者も60代と70代、80代は全然違うんだろうか?
「まあ、退魔協会と仲良くやっている政治家や企業トップはそれなりに優遇されているのでは?
建前の使い分けを嫌う私にはそう言った話は来ませんが」
碧が肩を竦めながら答えた。
「ふむ。
儂の知り合いでも健康上の問題がある人間がそれなりにいるのだが・・・ギフトカタログで治してもらう事は可能かね?
治療行為として対価を受け取っていなければ、治療したかどうかなんぞ証明出来まい?」
爺さんが提案してきた。
まあ、証明に関して言えば、確かに『偶然』どこかで20分程度一緒になったからって治療をした証明にはならない。
それこそどっかの映画や舞台のチケットでも手配すれば至近距離に長時間いたっておかしくない状況を作れるし。
とは言え、そんな面倒な事をし碧がしたがるかは別問題だよね。
「医療業界のロビー団体の資金を受け取って『能力を使った治療は違法である』と定めたのは政治家と、彼らの当選をサポートした富裕層です。
自分に都合が悪くなったからって私に違法行為をやっては如何と唆されても、流される理由はありませんね。
現代科学で治せない治療を求めるなら、法律を変える努力を頑張って下さい」
碧が素っ気なく答えた。
まあ、違法としてある事で白魔術師が保護される面も無いとは言えないんだけどねぇ。
だけど、ここで違法行為だと知りながら治療したら却って後でそれをネタに強請られかねないし。
治療して欲しかったらさっさと法律を変えるなり撤回するなりするべきだよね。
医療業界に味方しつつ白魔術師の『違法な』治療で寿命を伸ばそうとするのは図々しいぞ。