実は有名人だった?
「うわぁ」
そっと廊下から覗いていた碧が低い声で呟いた。
「どうしたの?」
人避け結界を張っているが、大きな声を出したら注意を引きかねないので囁く様な小声で尋ねる。
「あの若いの、もしかしたら爺さんに毒を盛ったのかも。
なんか爺さんの体調が不自然」
碧が囁き返してきた。
おおう。
動機は金だろうねぇ。
怪しい状況で死んだら検死されて毒殺がバレそうだが、卒中を引き起こす様な薬だったら余程怪しく無い限り、バレないのかも?
そう考えると、発作を起こさせる様な毒って盛り放題??
まあ、下手したら殺しちゃってバレるかもだから、死なない程度の毒ってなるとそれなりに難しそうだけど。
「ちなみに、爺さんは治りそうなの?
それとも死にそう?」
この状況で生霊が薄まっていたのって、家族の醜い言い争いに嫌気が差して生きるのを諦めちゃった可能性もありそうだけど・・・どうなんだろ?
入院先のベッド元でこんな感じに騒がれたら、確かに『最近の若いモノは〜』と文句を言いたくなるのも理解できちゃうね。
経済的に苦しかったらそれはそれでケアの押し付け合いとか、借金の申込みとかで嫌な思いをする事は多いだろうから金持ちである事がより不幸とは言わないが、遺産が沢山あると害される可能性は上がるんだろうなぁ。
まあ、貧乏でも数百万円程度の遺産を狙って殺される可能性もあるだろうから、一概には言えないけど。
「今すぐ死にそうって訳では無いけど、このままだったら筋肉が衰えてフレイル状態になって寝たきり、将来的には認知症一直線かな。
高齢者はしっかり体を動かして自分で動ける環境にいる事が重要だから。
取り敢えず、あんな孫にやりたい放題させるのはムカつくから、治すね。
霊が戻らなかったら、押し込み戻すの宜しく」
碧が病室を睨みながら集中し始めた。
金持ちの老人をこっそり治すなんて、上手くいったら物凄い謝礼金を貰えそうな案件なんだけどねぇ。
まあ、単なるお節介だからお金を請求する状況じゃあないけど。
もう少し生霊の爺さんがしっかりしていたら報酬の交渉もありえるんだけど、怒りで我を忘れているのか、それとも倒れた影響でボケ始めているのか知らないけどイマイチ会話が成立していないから、無理だよねぇ。
「よし!
治ったよ」
20分ぐらい待っていたら、碧が身動ぎして教えてくれた。
早い。
病気(毒も)の治療って単純な怪我と違って丁寧にやらないと思わぬ副作用が起きる事があるから時間が掛かるって前世の白魔術師は言っていたけど、碧はかなりの凄腕らしい。
まあ、前世よりも医療知識が豊富だから、治療もしやすいのかもだけど。
そばに浮かんだままだった爺さんの生霊を見ると、先程よりもしっかりとした感じだが・・・体に戻ろうとする様子は無い。
『戻らないの?』
念話で尋ねる。
碧が癒したなら、脳神経への悪影響も排除されている筈だからまともに答えられる筈。
『あの中に、か?』
皮肉そうに爺さんが答えた。
『売ろうとしている孫も、反対している息子も、結局求めているのは金だけだ。
会社の従業員の事も、取引先の事も、日本の技術保護の事も、何も考えておらん!』
憤慨した様に爺さんが吐き捨てた。
おう。
もしかして、どっかの中堅だけどそのニッチなマーケットでは最先端の技術を持った会社かなんかなのかね?
『う〜ん。
主要株主が爺さんなんだったら、それをちゃんと会社の事を考える役員の人に譲るとか、産業保護の基金にでも信託して会社と技術とステークホルダー保護を優先した経営をする様に見張らせるとかしたら?
それとも、親族に株を分けちゃった後で既に手遅れ?』
節税目的で創業者の株を死ぬ前から一族に贈与する事も多いって聞くから、既に過半数の株を握っていないなら一族を無視する様な会社第一な動きは難しいだろうけど。
『ふむ。
そうだな。
まだ死なないなら、一族以外に残すのもありか。
子や孫に残すのが儂の生きた証でもあると思っておったが、金目当てにバラバラに売られるよりは会社と技術がしっかり国内に残る方がよっぽど意味のある遺産じゃの。
上手くいく前に殺されるかも知れんが』
どうやら毒を盛られた事に気がついていたらしい。
『まあ、もう投げ出そうかと思っていたんでしょ?
だったら殺されてもあまり違いはないじゃん』
どうせ人間は一度しか死なないのだ。
少なくとも本人の記憶にある範囲では。
だから自分がやりたい様に動いて、間に合わなくて金目当ての親族に殺されても今ここで諦めて死ぬのと大して違いはない。
『そうだな。
何やらやってくれたら様じゃが、ありがとうよ。
儂の名は豊橋渉と言う。お嬢さん達の名前は?』
なんか聞いた事があるような名前を爺さんが言った。
あれ〜?
こないだ新聞で見た気がする名前だったり??
『長谷川凛と藤山碧。
まあ、ついでな気紛れだから気にしなくて良いよ。
爺さんが日本の産業がしっかりやっていけるように頑張ってくれたら、私らの年金が増えるかも知れないし』
まあ、意識が覚醒した時にどの位覚えているかは不明だが。
『そうだな。
もう少し国の借金を何とかするよう、政治家にも圧力を掛けるようにしよう』
あっさり頷いた爺さんが、すうっと病室の方へ消えていった。
「上手くいった・・・んだよね?」
生霊が消えたのを視ていた碧が囁いた。
「うん。
ちなみに、なんか思っていたよりも有名人だったみたい?」