言い争い
退院されたら面倒だったので昨日来た際にもう半日ほど意識不明になる様にしておいた斎藤武は、私が朝1に碧と一緒にお見舞いに行ったら点滴チューブが刺さっていた。
意識がなかったのだから水分と栄養補給の為に昨日も点滴を受けていたのだろうが、私が来た時間帯ではもう終わっていたのかな?
それとも2日目となって点滴の種類が変わったのか。
まあ、もうすぐ意識が覚醒する予定なのでどうでも良い事だが。
「あ、ついでに脳に腫瘍や動脈瘤がないか、一応確認してくれる?
ああ言うので人格が変わる事もあるらしいから」
興味深げに周りを見回していた碧にお願いしておく。
このヤバすぎる人格が肉体的な病気によるものだとしたら、碧がそれを治せば彼はマトモになるし、私の術の効果が途絶えても他の人が襲われる危険が無くなるしで理想的だ。
まあ、昨日視た精神的成長の歩みから鑑みるに昔から他人に責任転嫁するタイプだったようだから違うと思うけど。
碧が確認している間に、私は昨日掛けた術に更にがっつり魔力を込めて精神に焼き付けておく。
こう言う術は精神に負荷が掛かるので焼き付けまで一気にやるのは危険だし、何より今世では魔石の様な代替動力源もないので昨日は魔力が足りなかったんだよねぇ。
精神病院と違って普通の病院だったら本人が望めばいつでも退院出来てしまうので勝手に姿を消されたら不味いと思って急いだが、これで安心だ。
「ふう。
完了〜。
そっちはどうだった?」
大きく息を吐き出しながら碧に声を掛ける。
「普通に健康だね。
少なくとも脳に異常があって人殺しをしたがっていた訳ではないみたい」
斎藤から手を離した碧が答えた。
「そっかぁ。
しょうがない。
じゃあ、誰かに見られて何をしているのか聞かれる前に、ロビーにでも行こう」
一応人避けの結界を部屋の入り口に展開したので看護師も余程重要な用事がなければ入ってこないと思うが、誰かが入ってきたら流石に『通りがかりの赤の他人』が2日連続でお見舞いに来ていたのはちょっと人の記憶に残りそうだ。
こいつがこれから妙にしょっちゅう昏倒して記憶喪失になるにせよ、術が途絶えて通り魔殺人を犯すにせよ、関連して我々の事が話題に上るのは避けたい。
「そう言えば、昨日言っていた老人の生霊は?」
碧が周りを見回す。
「そこ。
なんか薄くなっているんだけど、意識が戻りそうなのか、死にそうなのか微妙に不明なんだよねぇ」
昨日は病院に入って受付で斎藤武の事を聞いている時に横に来たのだが、今日は受付をスルーしてエレベーターに乗ろうとしたら現れた。
もしかして、何か私にやって欲しいのかねぇ?
今日は不機嫌そうにこちらを睨んでくるだけで、何も言わないんだけど。
「へぇぇ、生霊って集中しないと見えないんだね」
目を眇める様な感じで集中して初めて老人の霊が見えたらしき碧が驚いた様に言った。
「もっと元気一杯というか恨み一杯と言うか悪霊化しかけている霊だと生きていてもはっきり視えるんだけどね。
不機嫌そうな割に、誰かに悪意を持っている訳では無いみたい」
「ふうん。
取り敢えず、本体の方を見に行ってみない?」
興味が湧いたのか、碧がちょっと楽しげに提案してきた。
まあ、悪霊化して退魔協会に依頼が出るような生霊しか今まで見た事がないんだろうから、ある意味珍しい光景なんだろうね。
私としては大学生になって夜も出歩くようになり、時折夜中に寝ぼけて霊体離脱している生霊を見かける事が増えたのでそれ程珍しい訳じゃあないんだけど、寝ぼけ生霊と違って病院のは放置したら死ぬ可能性が高そうだからね。
取り敢えず、見に行ってみよう。
「お爺さん、体の方まで戻らない?」
生霊に話しかけ、少し魔力を分け与える。
薄くなって消えそうだった霊が少しはっきりして、体へのリンクも薄ら浮かび上がった。
この方向だと・・・3階かな?
階段を使って3階に行き、ちょっと奥にある静かな個室の方に近づくと、何やら刺々しい声が聞こえてきた。
「お前が会社を売り払うなんて話を勝手に進めているから、父さんは遺言を書き換える予定だったんだ!
反省するならまだしも、もうダメそうだなんて話を広めて役員会議で代表権を取り上げようとするなんて、恥を知れ!!」
「ふん、今が一番の売り時なんだ!
今のままじゃあジイサンが死ぬまで待っていたら会社の残存価値なんて石ころ同然になっている!
倒れて丁度よかったじゃないか!!」
おやまあ。
一族の会社の将来に関する意見の相違ってやつ?
でも、いくら意識が無いからって昏睡状態にある本人の前で言い争わなくても良いと思うけどね。