良い事?
「ただいま〜」
結局老人の生霊は放置して、帰宅。
どうせ明日も術を長期固定化する為に焼き付けしに行く予定なので、その前に碧に相談しようと思ったのだ。
「お帰り〜。
どうだった?」
源之助と遊んでいた碧がリビングから声を掛けてきた。
「包丁を複数持ち運んでいたとかで警察が来てて話を聞かれたから、カフェで『コロス、コロス、コロス』って言っていたんですよ〜ってチクっといた。
『管理人に部屋の鍵を開けさせるか』みたいな事を言っていたから、もしかしたら何とかなるかも?」
きっちりした管理会社だったら緊急連絡先を住民が入る際に入手しているだろうから、緊急連絡先の人を探す為に家に入りたいと警察が言って協力するか不明だが、あの男がそう言う連絡先をちゃんと提供していない可能性は高そうだ。
まあ、勝手に鍵を変えている可能性もあるが・・・あれは被害妄想気味と言っても、『誰かに監視されている』系の妄想ではなく、『世の中のみんなが自分の邪魔をしている』系だから鍵を自腹で変えていない可能性は高い。
「う〜ん。
どうだろうねぇ。
法律的には個人が不特定多数の人間を殺そうとしている疑いが濃厚って分かっても、実際にまだ誰も害していない段階では長期な禁固刑にはできないんじゃない?
数日ならまだしも永遠に誰か警察の人間が尾行し続けるのは予算的にも無理だろうと思うし」
碧がため息を零しながら言った。
何とも微妙だ。
まあ、アメリカみたいに州によってはスーパーでも買えちゃう殺傷力満載な銃をぶっ放されないだけマシと思うしか無いか。
今回の斎藤 武に関しては私が超法規的に対応しちゃうけど。
「そう言えば、どうも霊体離脱しちゃったっぽい爺さんの生霊と病院で行き当たったんだけど、どうすべきかなぁ?」
ガシガシとオモチャの上に乗って噛み始めた源之助に根負けしてオモチャを手放した碧がこちらを向いた。
「霊体離脱?
戻せるんだ?」
「単なる昏睡状態だったら白魔術の領域だけど、霊体離脱からくる昏睡状態は黒魔術の範疇なんだよね。
まあ、魔力ゴリ押しで身体を健康にしたら霊も戻ることが多いから、白魔術でも治ることはそれなりにあるけど」
無料で昏睡状態になった霊体離脱の患者を頼まれもせずに治して回るほどお人好しでも無いが、どうせ明日もあの病院に行くからねぇ。
あの爺さん霊だけをなんとかしてあげるのは吝かでは無い。
が、本人と家族がそれを望むかが微妙なんだよねぇ。
流石に家族に面と向かって聞いたら『昏睡状態のままにしておいてくれる方が都合が良い』とは言わないだろうけど。
それに、突然赤の他人に『あなたのお爺さん(お父さん?)の意識が戻ったら嬉しいですか?』なんて聞いたら怪しさ満載だ。
まあ、考えてみたら本人の命と苦しみなんだ。この際、家族の希望は無視してもいいだろう。
「なんかさぁ、もう死ぬ寸前なんだったらボロボロの体に戻しても苦しいだけかな?と思わないでも無いけど、家族と最後に会話したいかなぁ?」
「家族がお見舞いに来ているか不明だし、本当に死ぬ間際なのかも不明だよねぇ。
ちなみに、霊体離脱しちゃうと体が回復しにくいの?」
碧が軽く首を傾けながら尋ねる。
「意識がないと自力で食べられないからね。
胃瘻チューブをつけている様な状態だったらあまり変わりはないかもだけど、自力で食べる体力があるんだったら意識が戻って自力で噛んで食べる方が点滴より健康には良いだろうね」
考えてみたら、前世では胃瘻チューブなんて無かった。
数週間程度だったら魔力で生命力を補完し、その間に黒魔術師が何とか意識を覚醒させて食べさせるのが一般的な治療法だったな。
そして自力で食べられなくなった人間は、死ぬ。
体が寿命を迎えて機能停止し始めたから、食べられなくなるのだ。
そんな回復する見込みも無い人間を無理やりチューブに繋いで延命する現代医療ってあまり意味がないよね。
何の為にやってるんだろ?
画期的な治療法が数ヶ月以内に利用出来るとでも言うんじゃない限り、病院に金を垂れ流して病人の最後を無理やり引き伸ばしているだけじゃん。
食事も自力で食べられず、本を読んだりする体力も無い、死ぬのを待っているだけの人間の命を引き伸ばす意味って医者の自己満足と利益以外に何かあるのかね?
「本人の霊に聞いてみたら?」
「微妙にボケてるっぽい感じで、私についてくるのに言動がこっちに向いて無かったんだよねぇ。
完全に死んだ後だと重度の痴呆症だった人間でも普通に会話が出来る様になるんだけど、生霊は体に引き摺られるから霊の状態でも言葉が通じない事も多いんだ」
ある意味、完全にボケてるなら死なせてあげるのが本人にも家族にも最適解かも知れないが、病気で一時的な症状の可能性もあるし。
「う〜ん。
気になるなら、取り敢えず体に戻しちゃえば?」
「なんかこう、文句が多そうな言動だったから体に戻したら看護師さんとか家族が苦労するかなぁと思うと微妙に躊躇しちゃって」
ボケちゃって本人の痕跡も見えない様な気難しい患者に変容しちゃっているなら、意識不明の昏睡状態になって家族は『やっと終わりだ』と思って安堵しているかも知れないし。
それともそこまで割り切れないのが人間ってもんかね?
「う〜ん。
明日は私も病院に行けるから、その霊を手繰って本体の側まで行ってみる?
体の状態が案外と良さげだったらちょっと直して霊を押し戻してもいいし」
碧が提案した。
「痴呆症も治せるの???
だとしたら医療行為じゃ無いってなんとか適当に理由をつけてボケ対策サービスを売り出したらめっちゃ需要がありそう」
「脳神経が死んじゃっていたらその部分を治療しても記憶は戻らないからねぇ。
なりかけぐらいだったらそれなりに出来る事はあるけど、重度になったら出来ることは限られてるんだ。
だから明日も、大したことは出来ない可能性はそれなりに高いよ」
そっかぁ。
でも初期なら痴呆症を治せるなら、治療をしたら喜ぶ人は多いだろうに。
それを禁じた医療業界の連中、許すまじ!!
まあ、碧ほど腕がいい白魔術師の数は限られているから、医療行為が出来たとしてもごく限られた金持ちしか恩恵を楽しめないか。
そうなると、治療法がないって事で一般市民でも使える薬の開発に投資が向かうのは長期的には良い事と言うべきなのかも?