病院で
『本当に、最近の若い者は・・・』
病院に入った直後に出会ってからずっと文句を言いつつ何故かついてきている老人の霊を無視しつつ、斎藤 武の肩に触れて精神へ潜り込んで行く。
クルミ経由よりもずっとはっきり中が視えるが・・・やはり、ぐちゃぐちゃだ。
何か、精神病でも患わっているんじゃないのかな?
精神病の薬とかってこう言う偶発的な入院でも処方してもらえるのかね?
まだ昨日からずっと意識が目覚めて居ないので、誰も精神異常に気がついていないだろうが。
アメリカのドラマなんかによると、精神異常で暴力的になるのを抑える薬って狙ってなのか副次的なのか知らないが思考力を抑える効果があるみたいだから、結局は本人が飲むのを嫌がって薬を処方させても飲まなくなる事が多いみたいだけどね。
根が善良な人だったら周囲へ害を及ぼさない為に無理をしてでも薬を飲むのかも知れないが、こいつはそう言うタイプでは無いようだし。
取り敢えず。
予定通り、殺意を実行に移そうとした段階で気絶し、直近7日間の記憶を消し去るようにトラップもどきを設置して、そう簡単には術が消えない様にたっぷり魔力を注いでおく。
本人の余剰魔力を溜めて動力源にする事で長持ちする様にデザインされた術なのだが、本人の魔力があまり無いのにしょっちゅう起動してしまうと魔力切れを起こしかねない。
足りなくなりそうだったら魔力切れで気分が悪くなるところまでは魔力を吸い取るように出来るのだが、生命力まで転換して使う設定にするには熟練した白魔術師の協力が必要なので今世では難しい。
だから足りなくならないように追加で魔力を注いでおく。
今日できる分は終わったので帰ろうと立ち上がったところで、部屋の入り口に人が現れた。
「こんにちは。
警察の者ですが、こちらの斉藤さんの事について少し質問をしても良いですか?」
何やら小さな手帳の様な物を見せられて声を掛けられた。
マジか?!
何かやばい物が鞄の中から見つかったのかね??
変に漁ったら不味いかと思って店で財布を探し出した時は敢えて中を探らなかったんだが・・・警察を呼ぶほどの何かが出てきたのかな?
「勿論です。
でも、実は私もこの人の事を全然知らないんです。
昨日喫茶店で隣に座られた方で、ちょっと友人のバッグの中身が溢れてしまった際にうっかり触れそうになったら騒ぎになったと思ったら倒れられてしまって・・・。
友人が気にしていたので、今日は暇だった私がお見舞いに来ただけなんですよね。
ただ、結局意識が戻られていないとの事なのであまり気休めにもならなかったんですが。
家族の方にも連絡出来ていないとは看護婦さんから聞きましたが、何か問題でも?」
倒れた人間が起きてこないだけで警察に連絡が行くとも思えないんだが。
それとも行くのかね?
意外と日本の警察って細やかなケアをしてくれるんかな。
「実は、斎藤さんの鞄の中に複数の包丁が入っているのが見つかりましてね。
何かご存知かと期待したのだが・・・」
あらら。
そっちか。
これで逮捕とかになってくれるといいんだけどねぇ。
「包丁、ですか。
・・・実は、彼って席に案内されてコーヒーを頼んだ後、ブツブツ独り言を呟いていたんですがその時のセリフが『コロス、コロス、コロス』だったような気がしたんです。
気のせいだと思っていたんですが・・・誰か恨んでいたんでしょうか?」
深刻そうな顔を作って尋ねる。
「ふむ。
管理人にでも頼んで家の方を調べられないか、確認してみるか。
ご協力、感謝する」
あっさり私の言う事を信じて警官らしき男性は引き下がった。
え?
そんなあっさり信じていいの??
まあ、意識が戻らないから連絡先の捜索と言う口実で管理人に鍵を開けさせたりは出来るのかな?
包丁を複数持ち歩いているって病院から通報があったのに、何もしないで後で通り魔事件なんて起こされたら顰蹙の極みだろうし。
これで何か見つかって拘束してくれれば一番いいんだけどねぇ。
人はまだ殺してないみたいだから、殺人でって言う訳にはいかないだろうが。
『若い者は堪え性が無過ぎるんじゃ!』
側でずっとぶちぶち愚痴っていた老人の霊が憤慨した様に言う。
う〜ん。
これって生霊なんだけど、身体を探して無理やり戻してあげるべきかね?
こんな文句ばっかりの患者だと、意識が無い方が世話がしやすいんじゃ無いかという気もするが。
言動もなんかボケてるっぽいし。
まあ、生霊って意識を失う前に考えていた事に捉われてループしている事も多いから、絶対にボケているとは言い切れないけど。
目覚めていたらもう少しマシなのかな?
老人ってボケかけてくると不満を我慢する自制心も下がるからなぁ。
碌に動けなくって痛みや苦しみがメインな体に戻るのを本人が望むのかも微妙に不明だし。
どうするのが一番いいかね?