帰宅。
取り敢えず、源之助を拾って帰宅。
まだ少し麻酔が効いていたのか帰りのキャリーケースの中でも静かだった源之助は、家に帰ったぐらいでしっかり意識が覚醒してきたっぽい。
まず家の中をのしのしと歩き回って留守の間に侵入者に侵略されていないかフンフンと確認し、終わったらリビングに帰ってきた。
変な場所に置き去りにされてプチオコな様子だが、家の中が荒らされて居なかったので許すことにした様子。
「元気そうだね」
猫って手術をしたらエリザベスカラーとか言う、襟巻きトカゲみたいな丸いのを首の周りに付けるのかと思ったのだが・・・オスの去勢手術はそれも必要ないらしい。
「うん、良かった。
体の中にも異常は無いようだし、麻酔もほぼ消えてきたから大丈夫そう。
で、今日の人はなんだったの??」
リビングの中を見回り、満足したのか窓際のラグの上で体を捻って器用に背中を舐め始めた源之助を見ながら碧が尋ねる。
「最初はコロス、コロス、コロスってブツブツ言っていたのに気がついただけなんだけど、クルミ経由で精神に触れてみたらかなり振り切れて変になってた。
あれってほぼ確実に人を殺しそうなんだけど・・・人の内面を確認して精神病院に閉じ込めるとかって、退魔協会経由でも出来ないよね?」
出来たら出来たで怖い気もするが。
背中を舐め終わったらしき源之助が今度は肩から左前足を舐め始める。
ついでに舐めた前足の先っちょで顔の掃除をしているのも可愛い。
あれでどの程度綺麗になるのかは不明だが。
「家族が精神鑑定を受けさせて、精神医が気が触れているって認定したら精神病院へ強制入院させる事が可能かもだけど、その費用を払えて、そんな行動を取る気がある様な家族がいる可能性は低いだろうねぇ・・・」
碧がため息を吐きながら答えた。
精神異常者としてのルートも難関だよねぇ。
家族を見つけ出して説得するのもどうやれば良いのか、想像すら付かない。
第一、精神病院への入院費用を誰が払うのかと言う問題もあるし。
左前足の次に右前足を舐め終わった源之助が、今度は後ろ脚を伸ばして太腿の外側を舐め始めた。
猫の身繕いって、せかせかやっていると『ストレスが溜まってるのかな?』って心配になるが、ノンビリやっていると優雅な感じなんだよねぇ。
源之助みたいなヤンチャ坊主でも優雅に見えるんだから、猫って本当に魔性の生き物だ。
「じゃあ、明日にでも『お見舞い』に行って、誰かを殺そうとして行動を取ったら意識を失う様にして、更に殺意を抱いて行動するたびに倒れて一週間分ぐらい記憶が消える様にしておこうか」
殺意を抱いて行動する度に気絶すると言うトリガーだけだと、そのうち失神の因果関係に気が付いたら殺意を抑えて未必の殺意っぽく人を死なせる様な行動を取り始める可能性もある。
記憶が消えていく様にすれば自分が殺人を犯そうとして倒れたって分からなくなるので、変な対応策も取りにくい。
まあ、長年かければ自分の内面にある不自然さに気づく可能性もあるが・・・その前に人を殺そうという衝動を抱かなくなると期待したい。
魔力が尽きて術が消えるのと、殺意が無くなるのと、本人が人間として動けるだけの知識もないぐらい記憶が消え続けるのと、どれが最終的な状態になるかは知らないが・・・願わくは殺意が消えて無くなると良いなぁ。
「そんな事、出来るんだ??」
碧が驚いた様に目を丸くして尋ねる。
「めっちゃ魔力を使うし、術を掛けた後も数日かけて補強しつつ精神に焼き付けていく必要があるから一週間ぐらいは除霊の依頼は受けられないけど、多分出来る筈」
殺人を計画していた者に対する刑として前世でちょくちょく施行していたからね。
王族を殺そうとしていたとか言うんじゃない限り、前世でも計画していただけだったら死刑とか禁固刑と言うことはなく、実行を出来なくする様な術を掛ける様になっていた。
魔術がありふれていた前世でも、罪を犯していない人の精神を覗き込んで確認するなんて滅多に行われなかったけど。
それでもストーカーみたいのに殺されそうだとか言う訴えがあれば、黒魔術師が精神内部を調べて実際に殺人を犯す危険性が高いと認められた場合は犯行に及ばないように術をかけた。
考えてみたらあれは黒魔術師の業務の中では数少ない『社会の為になる』仕事だったよなぁ。
そんな事を考えていたら、太腿の外側を舐め終わった源之助が脚を開き、お腹の方を舐め始めた。
「へぇぇ。
便利じゃん。
今世でもそう言う予防的処置が取れたら通り魔とかストーカーとかの被害が減りそうなのにね」
碧が源之助を見ながらコメントする。
お腹を舐めていた源之助が上半身をもたげ、下半身の方を舐め始め・・・動きが止まった。
「お。
《《あれ》》が小さくなったのに気付いた?
それとも手術のせいで触るとちょっと痛いのかな?」
碧が小声で囁く。
「獣医さんからトイレに関する話とかされなかったから、痛いと言うよりは小さくなったのに違和感を感じたんじゃない?」
猫だから、人間と違ってそこまで自分の男の部分を自分とを同一視しては居ないと思うけど。
じっと息を潜めて見守る私たちに気づく事なく、源之助はそのまま身繕いを再開した。
「大して気にしていないみたいね」
「うん。
良かった」
猫が去勢手術でトラウマになると言う話は聞かないから、それ程気にするとは元より思って無かったけど。
ちょっと驚いた程度で済んで、良かった。