意外と演技派
お互いに手を握れば碧と念話も一応可能なのだが、それなりに集中する必要があるし、変な内心のコメントがうっかり漏れることもある。
なによりもカフェで女同士で黙って手を握っているのは不気味すぎるので、タブレットのチャットアプリを使う事にした。
「大学の授業に関するメールの返事を書いているところなんで、ちょっと待ってね〜」
碧の問いかけに軽く答えながら、急いでタブレットにメッセを書き込む。
『隣に座ってる男が『コロス』ってブツブツ呟いてて、ネットにもヤバい書き込みをしてる』
ポロン。
チャットアプリの着信音に碧が携帯を取り出し・・・二度見した。
『マジ??!』
ピオン。
私の方のタブレットからも着信音がする。
ヤバい。
慌てて設定アプリを立ち上げて、着信音をミュートにした。
『二人でポンポン音をさせてると怪しまれるかもだから、着信音を消して。
ブツブツヤバい事を言っていたからクルミ経由で覗き込んだらここら辺の駅の人通りを確認してるし、『俺が世の中の間違いを指摘してやる!命は尊くなんてないんだ』とか何とか掲示板に書き込んでるし、なによりもクルミを貼り付けて精神を覗き込んでみたら、ヤバいぐらい怒りで一杯』
取り敢えず現状を報告する。
これからコイツがどうするつもりなのか確認しないとなのだが、使い魔経由だし意識があるので記憶を読むのもちょっと難しいんだよねぇ。
『今すぐ誰かを刺しに行きそうなの?』
『殺害手段を確認するからちょっと待って』
目を閉じて集中し、男の精神の中をこっそり見て回る。
元々精神異常の傾向があるのか、それとも何か薬物をやっているのか、もしくは単に大量殺人をすると言う異常事態にハイになっているのか知らないが、思考があちらこちらへ飛んでんいて、読み取りにくい。
既にやった事とこれからやろうとしている事、侮辱されたと勝手に思い込んだ事と実際に人に言われた事などがごっちゃになって次から次へと絶え間なく精神の表面に浮かんでは消えていて、妄想と計画、過去と願望を見分けるのが難しい。
なんなの、コイツ?
マジで頭がおかしい。
ある意味、先日の呪師だって殺人に忌避感を感じない精神異常者だったと思うのだが、少なくとも彼の精神構造は論理的だし現実に基づいていた。
今まで接したロクデナシ達だって自己中過ぎて呆れてしまうような考え方をしていたが、まだ思考の流れを理解は出来た。
コイツは・・・頭がおかしいのか、何もかもが上手くいかないストレスで精神異常を起こしているのか、思考がブツブツに途切れている。
車で人を轢き殺す事も、誰かを階段から突き落とす事も、電車の前に目の前の人間を突き落とす事も、包丁で見知らぬ人間を滅多刺しにする事も、どれも夢想した事があるらしく、精神の中に生々しく死体の様子や周囲の人間の反応の想像図が描かれていて、どれが直近の計画なのか分からない。
『どうしよう。
色んな手段での人殺しを四六時中妄想しているみたいで、どれをこれからするつもりなのか分からない』
根気よく待っている碧にメッセを送る。
『でもニュースになっていないってことはまだやってないって事?』
『多分。
基本的に人の目を集める様な大量殺人をやりたがってるから、隠せないと思うし、隠そうとも考えないと思う』
コイツがこの後街に出て人殺しをするつもりなんだったら意識を削り取るなり足を動かなくさせるなりしてでも止めるべきだと思うが、単に妄想しているだけだったら強硬手段に出るのも不味いだろう。
どうする???
頭がおかしそうだから何をやらかしてもおかしくないけど、頭がおかしそうだから単に妄想しているだけの可能性もある。
『ガソリンや包丁を買ってあるっぽいから多分いつかは人を殺すと思うけど、今なのか分からない』
買った記憶は現実的な触覚記憶とかも伴っているので、多分妄想では無いと思う。
だけど、凶器を買ってから実行まで、数週間ぐらいあってもおかしくは無い。
とは言え、数週間後に大量殺人する人間をそうと知っていて放置して良いのだろうか?
でも、『やるかも知れない』と言う理由だけで人を植物人間にしたりは出来ない。
過去10年分ぐらいの記憶を消したら人生をやり直せるんだったらそれもありかもだが、いくら緩い現代日本とは言え、突然街中で理由もなく記憶喪失になった人間が普通に生活を続けられるかも微妙だ。
こいつが今現在『普通に生活』しているかも怪しいけど。
『取り敢えず、ここで軽い卒中発作みたいな感じで倒れる様にするよ。
それで暫く入院する事になるだろうから、その間に縁があったからって事でお見舞いに行ってもっと調べるなり、手を講じるなりしよう』
日本の法律では、『コロス、コロス、コロスと呟いていた』『近辺駅の人通りの推移を調べていた』と言うだけで危険回避の為に逮捕したり長期間拘束したりは出来ない。
ほぼ確実に人殺しをすると分かっていても、実際に罪を犯すまでは犯行を計画している者の人権は潜在的被害者の生存権を凌駕する。
爆弾でも作っているのだったらテロ等準備罪が適用されるかもだが、包丁を買ったとか車をレンタルして人通りが多い場所を調べていた程度では人殺しの意図を事前に証明するのは難しい。
しかもネットで急いで調べてみたら、組織でやって無いと適用外の可能性も高そうだし。
『それが良さそうだね。
お願い』
碧が携帯をしまい、ちょっとバッグから何かを出そうとして中身を床にばら撒いてしまった。
「あ、すいません」
「触るな!!」
幾つかが隣の男の足のそばに落ちたので、それを拾おうと近づいた碧を男が大きな音を立てて椅子から立ち上がって避けようとし・・・突然頭を抑えて倒れた。
「きゃぁぁぁぁ!
大丈夫ですか!?」
碧が焦った様な声を上げて男の肩に触れるが、男はぐったりとして動かない。
「誰か、お医者さんはいませんか?!」
碧が周りを見回して声を上げた。
中々演技派だねぇ。