跡継ぎ問題は常に大変
「旅館としてではなく、個人としてでも退魔協会に依頼は出せますよ?」
碧が指摘する。
「先ほど藤山さまがおっしゃった様に、ここは古くから歴史のある温泉宿で、退魔協会の方々にもご愛用頂いています。次期女将と見做されている私が依頼を申し入れたら上の者へ連絡が入る可能性があります。
勿論、悪意のある情報漏洩ではなく、『アヤカちゃんが依頼をして来たみたいだけど、大丈夫? 何か助けられる事があったら言ってね』と言った善意の形でしょうが」
岸坂さんが小さくため息を吐きながら言った。
温泉宿って家族運営と言うか一族で引き継ぐ形なのが多いから、昔から仲良くしている客と家族ぐるみで付き合っている可能性はあるのか。
個人情報保護が謳われてても、昔の世代のジジイとかだと、可愛がっていた子供が大人になって呪われているなんて知ったら余計なお節介はしちゃいそうだよねぇ。
「え〜と、つまり呪詛に宿の前世代の方が関わっている疑いがあると思われているんですか?」
なんかこう、受けた印象的には親よりも祖父母世代っぽい感じ?
「元々、この宿は祖父母の長女である叔母が引き継ぐ筈だったんです。
ところが30年ほど前に東京の商社マンと恋に落ちて『彼と結婚するから、古臭い宿屋の跡継ぎなんてやってられない、どうせなら温泉ごと外資ファンドにでも売らないか』と叔母が言い出したらしく。
激怒した母がそれまで勤めていた銀行を辞めて次の女将になると弟子入りというか跡取りになると宣言してここを継いだんです」
岸坂さんが低い声で説明を始めた。
もしかして、その商社マンな相手はM&A部門にでも関係があったんかね?
まあ、流石に結婚先の温泉宿の売却や買収は内部取引になるって事で直接関与できないとは思うが。
それでも、買収先を求めている外資ファンドに『首都圏近くの由緒正しい温泉宿を買えるかも』って紹介出来たら貸し一つになってビジネス上、有利になったのかも。
大きく息を吸って岸坂さんが続ける。
「叔母は母が跡を継ぐことに特に問題はなかったようなのですが……最近になって、母や従業員の皆や私も一緒になって色々と工夫したり頑張ってきたのが雑誌なんかで取り上げられるようになってきたんです。そうしたら従姉妹が本来ならばここの宿は自分たちの物だった、次の女将は自分がなるべきだと主張する様になって……。
去年引退して、暇でしょうがない祖母の元に通って話し相手になりつつ如何に私たち母子が理不尽に従姉妹の継ぐべきだった遺産を掠め取って酷いと話す様になって。
私に子供がいないようだし、既に子供がいる従姉妹が継ぐべきだって機会があるたびに言い募っているようなのです」
お祖母さんだって当事者として叔母さんの跡継ぎ拒否宣言を目撃した筈だけど、リタイアする程歳を取ってくると記憶があやふやになったり、繰り返し言い聞かされる言葉に流されやすくなるのかな?
「女将の仕事って大変そうだし色々と学ぶ事が多いと思いますが、その従姉妹さんは宿でバイトとしてでも働いた事があるんですか?」
その従姉妹の主張って血筋……どころか生まれた順番だけを重視していて、能力に言及してないよね?
「ある意味、女将としてしっかり働けるなら一緒にここで頑張って宿を支えて、母が引退する時により優れた人間が継ぐって形でも良いんです。
最近は人手不足で長続きする人を雇うのも大変なので。
ただ、彼女は自分が女将として命令を下すだけな立場だと思っていて、下働きとして宿のあれこれを学ぶ気はないし、忙しい時に手助けする気も全くないんですよ」
ため息を吐きながら岸坂さんが言った。
ふうん?
なんかこれってその従姉妹が呪詛を掛けた犯人っぽいね?
ちょっと話が単純過ぎる気もするけど。
「従姉妹さんが呪詛を掛けていて、前女将のお祖母様がうっかりそれに気付かずに岸坂さんが退魔師を雇った情報を漏らすかも、と心配していらっしゃるのですか?」
私の質問に、小さくため息を吐きながら岸坂さんが頷いた。
「では……。
取り敢えず、今日中に確認できる範囲で呪詛の転嫁先と呪詛を掛けた人物を探すのは協力しましょう。相手が見つかる、見つからずに関わらず最終的に解呪もしましょう。今日と同じ昼食コース10回分で良いです。
ですが、呪詛を掛けた人物が遠方にいる場合は確認が難しいですね。
岸坂さんと移動しつつ呪詛を掛けた人の元へと行かなければならないのですが、我々はともかく、岸坂さんは仕事が忙しいのでは?」
碧が指摘した。
考えてみたら、その従姉妹さんがどこにいるかが鍵だよね。
岸坂さんが頷いた。
「2人様のランチコース10回分、承知しました。
まずは私の家族と祖母を確認しましょう。
祖母のところに従姉妹がいる可能性が高いですし。
キリッと岸坂さんがうなずいた。
そうだねぇ。
まずは事実確認だ。




