内部犯行?!
温泉とサウナと水風呂ともう一度露天風呂をと施設を使い倒し、締切時間の3時半ギリギリに出てきたら、受付には見知らぬ男性が立っていた。
おやぁ?
「居ないね」
私らの言葉を信じなかったのかな?
「取り敢えず、お土産がわりに何か買って、帰ろう。
それまでに声を掛けてきたら助けてもいいし、来なかったら本人の選択肢って事で」
碧が受付があるロビーの奥の方にあるお土産やを指しながら言った。
「そうね」
温泉宿って基本的にお土産屋があるよねぇ。
有名な名物がある様な個性的な場所じゃなくても、今まで仕事関係で立ち寄った温泉宿でお土産屋が無いところを見た記憶がない。
泊まりがけで来た客が気分転換に暇潰しを兼ねて無駄に買い物するから、お土産屋があると儲かるんかね?
まあ、一泊二日で金曜日とか月曜日を休んで温泉を満喫しに来た人なんかがオフィスの同僚向けにお土産を買うのかも。
そう考えると、自分の当然の権利である筈の有給を使って何処かに行ったら、その度に職場の同僚に土産を買わなきゃいけないのって……中々うざいね。
出費も嵩むし。
いくら他の人が休んだ後にお土産を貰えるとしても、貰って嬉しいお土産をゲットできるかは怪しい。
そう考えると、お土産って面倒な慣習だよね。休んだ分、周囲に迷惑をかけたからお詫びって意味合いなんだろうけど、それこそお互い様なんだろうし当然の権利の筈なんだから、すっぱりお土産の慣習を止めれば楽なのに。
まあ、経済(や温泉宿)に取ってはお土産習慣が無くなるのは痛手かもだが。
そんな事を考えながらお土産屋を覗く。
多分、秦野の駅にあったお土産屋と似た様な物を売っているんだろうなぁ。
適当な和菓子か、クッキーかな〜。
下手に残る物をもらっても周囲は迷惑だろうし、全員分揃えるのに高くつく。
やっぱお土産は消費して消えるのが重要だよね。
先日の怜子さんのお祖母さんの家を見て、貰い物もさっさと処分して増えない様に管理するのが重要だと実感した。
古くなるまで部屋の棚の隅に置いていたって、『古い』ってだけで買取価格が下がるし、下手をしたらカビたり傷がついたりするのだ。
保管しておいて良いことはない。しかもゴミじゃないランクの物を職場の同僚全員分買おうと思ったら出費が嵩む。
食べて無くなるのが一番だ。
まあ、今回私は特にお土産を渡す相手は居ないから、自分への思い出用のお土産になるんだけどさ。
そんな事を考えながら箱入りな饅頭の成分とかカロリー値を確認していたら、後ろに人が立った気配がした。
「お帰りの電車の時間は決まっていますか?
もしもお時間があるようでしたら少しお話をさせて頂けると嬉しいのですが」
岸坂さんがそっと声を掛けてきた。
「あ、大丈夫ですよ。
普通に来た電車に乗って帰るだけなんで」
碧がにこやかに応じる。
そう、鶴巻温泉って普通の私鉄に乗って来れちゃうのだ。
めっちゃお手軽だ。
定期的に今回みたいな秦野から2時間半弱のハイキングと温泉日帰り遠征をすると、丁度山歩きの良い練習になるかも?
その為にも、ここの温泉のランチコースの無料券を10枚ぐらい貰えないか交渉してみようかな。
まあ、実際には退魔協会から依頼を受ける方が日帰り入浴・ランチコース10回分より金額は大きいんだけどね。
そう考えると20回分くれって交渉するのが一番ウィンウィンな結果かもだけど、押し売りっぽくギリギリを攻めるのもあれだからねぇ。
「こちらへどうぞ」
岸坂さんが奥の方の部屋に案内してくれた。
お湯のポットと湯呑みと急須が置いてあり、私らを席に案内したら滑らかな手付きで茶葉を入れてお茶を淹れてくれた。
出された湯呑みを手に取って口にする。程よく温くて飲みやすく、味も良い。
温い温度で美味しく飲める茶葉を敢えて置いてあるのかな?
温泉を出た後直ぐだと、熱い温度で出すお茶じゃあ中々飲めないもんね。
「退魔協会に相談した方がいいと言うことは、私に悪霊が憑いているのでしょうか?」
私と碧がお茶に手をつけたのを見て、自分も湯呑みを手に取った岸坂さんが緊張した感じで聞いてきた。
「いえ、不妊の呪詛ですね。
しかも呪詛返しをした際に呪った本人ではなく他へ転嫁させるトラップ付きなので、神社などの厄祓いを行っても下手をすると身近で大切な誰かが不妊になる可能性もあります」
呪詛返しは私の方が得意なので、こちらが応じる。
転嫁付き呪詛って本当にタチが悪いよねぇ。
「不妊の呪詛?!
そんなものが…あるんですか???」
岸坂さんが驚いた様に声を上げかけて、ぐっと意志の力で声を低めた。
「呪詛は健康な成人男性でも殺せるんですよ?
命になる前の煌めきを消すのなんて簡単ですね」
と言うか、下手に薬や現代医療の力で避妊とか中絶とかするよりも、呪詛を使う方が確実かつ目に見える副作用が無いかも。
穢れが魂にこびり付くので、自発的にやるのはカルマ的にお勧めしないが。
「誰に呪詛が転嫁しているのか、誰が呪詛を掛けたのか。
調べるのをお願いできますか?」
ギリっと湯呑みを持っている指が白くなるほど力を込めているが、それ以外が穏やかな感じで岸坂さんが聞いてきた。
「退魔協会に依頼を出されては?」
碧がそっと提案する。
「呪詛を掛けてきた相手が誰だか分からないとなると、正式に退魔協会に依頼を出しづらいんです。
お二人が今日こちらに来たのも何かの縁ということで、お願いできませんか?」
ちょっと縋るような顔で言われてしまった。
ありゃりゃ。
もしかして、この宿自体の内部の人間が呪詛を掛けているのかもと疑っているの??
しかも次期女将が気を遣わなければならない相手?!
この感じのいい温泉宿に、そんな疑いを持つような関係な相手がいるなんて……ちょっとがっかりだね。




