ヤバい
クルミとハネナガを送り出し、ジリジリと待っている間に司会が開会の宣言をして、大学の校歌を皆で口パクし始めた。
校歌って応援部の人以外で歌える人っているんかね?
まあ、毎年参加している教員側は歌えるんだろうけど。それなりに歌として音が成立してるから、誰かが歌っているんだろうが。少なくとも私は全然知らないので完全に口パクで誤魔化している。こっそり歌声も録音して伴奏と一緒に流しているのかな?
音楽が終わった後に、学長がセンターステージへ徐に現れる。
こう言う時の式典で言っている言葉なんて、基本的に聞き流しているんだけど(却って真面目に聞こうとすると何故か眠くなるから、関係ない事を考えている方がまだ意識を保てるんだよね)、今日はハラハラドキドキ状態なので、思わず『さっさと終わらせて!』と心の中で思ってしまう。
別に学長のスピーチが早く終わっても、各学部の代表への学位記授与とか、表彰状授与とかあるから、まだまだここから出られないんだけどね。
『こいつにゃ?』
学長がマイクに向かって咳払いしたところで、クルミから念話が届いた。
『見せて!』
視界共有したら、何やらスーツを着た若い男がそれとなく横の入り口に近づき、さりげなく自転車のチェーンロックみたいので左右の扉の取手っぽい部分を繋いで固定していた。
あ〜。
なるほど、ああやって扉を開けなくするのか。
全部を格好良く両開きになる扉にしているせいで、鍵がなくてもああやって封じられるんだね。
しかも何かバッグからペットボトルを取り出して透明な液体を撒いている。
おいおい。それって燃焼促進剤?
本格的にやるつもりっぽいね。
『ちょっと近づいて、昏倒させられないか試してみて』
クルミに頼む。
ここからでは私がクルミ経由で昏倒させるのは無理だが、クルミが魔力を流し込んでちょっと気を失わせるのも可能、かも?
バチ!
クルミがそっと男に近付いて首の後ろに魔力を流し込んだが、男はビクン!と背を伸ばして首の後ろを撫でたが、どうやらバチっときただけで気を失うほどのショックにはならなかったらしい。
ちっ。
よく見たら、見覚えがある顔だ。
クルミ経由で触れた精神にも覚えがある。
一年の時に、デートレイプもどきな感じに魔眼を使おうとしてきた奴だわ、コイツ。
魔眼を封じて、暫くはナンパに失敗しても暴力を振るったりしないかクルミに見張らせていたのだが、特にそっちの方向に振り切る様子が無かったので2年の夏休みの後ぐらいに、確か監視を止めたんだよね。
魔眼のお陰で何もかも思い通りになっていた生き方からの方向転換が上手くいかなくて、就職戦線で全敗したのかな?
だからって同学年の卒業生を全員殺そうとするなんて、あり得んだろ〜って感じだけど。
色々上手くいかなくなって、精神のバランスが崩れたのかな。
魔眼を使って好きなように生きてきたロクデナシとはいえ、まだ人を殺したり暴力を振るったりはしていなかったから、能力を封じるだけで放置したんだけど。
こうなっちゃったかぁ。
予防的に、まだ悪事をやっていない人間を社会的に抹殺するのはやり過ぎだと思って放流したのだが、不味かったかぁ。
まあ、今回の事件で我々一同を殺そうとした暴挙に関しては、絶対に償って貰うつもりだが。
それとなくバッグの中に手を入れるふりをして、亜空間収納から昏倒の魔道具カードを取り出す。
そして召喚し直したクルミの隠密型躯体にそれを貼り付け、躯体へ更にたっぷり魔力を込めた。
『これを目立たないように持って行って、あのアホを昏倒させて』
『分かったにゃ〜』
魔道具カードがあれば、それにクルミが魔力を流す形で成人男性の一人や二人なら、昏倒させられる。
はっきり言って、使い魔にカードを持って行かせる方がカードを使って誰かを昏倒させるよりも魔力が必要なぐらいだ。
魔力を使いまくったせいで頭が痛くなってきた。
しょうがないので亜空間収納に入れてあった白龍さまの爪のカケラを握って、少し魔力を補給させて貰う。
前世であった魔力ポーションのような効果はないのだが、それでも白龍さまの爪は潤沢に魔力が含まれるので、その一部だけでも吸収できれば多少は楽になるんだよね。
『あった』
クルミがアホ(瀬川って名前だったっけ?)にたどり着く前に、ハネナガからも念話が届いた。
視界共有をクルミからハネナガの方に移す。
学長がスピーチを続けている姿が斜め前の袖幕の間から見える。
そして手前には二つ折りのブックマッチに火のついたタバコが挟まれて、立てた靴の箱か何かの中に置かれている。
その発火装置(だよね、これ?)の側の袖幕は微妙に色が濃くなっているので、さっき瀬川が扉の周りに撒いていたと思われる燃焼促進剤染み込ませてありそう。
最近の公共の場所や高層マンションのカーテンとかって防炎機能な生地を使っているらしいが、流石にここまでやられたら、多分燃えるよね?
ヤバい。




