お隣さん
「ミズカミ様との話し合いは成立したと言うことで、我々の依頼は成功して完了したと言う理解で宜しいでしょうか」
静かになった泉の水面を呆然と見ている曽根家に、碧が声を掛けた。
「あ、ああ。
そうだな。
我々が君たちに求めていたことは達成できたと言って良いだろう」
やっと現実に戻ってきたかのように、ちょっと反応が遅れたが。当主が碧の言葉に頷いた。
「では、こちらにサインをお願いします」
さっと依頼完了証を取り出してペンと共に当主の方に差し出す。
微妙な顔をしていた当主だが、何も言わずに名前を書き殴って用紙をこちらに返してきた。
「では、失礼します」
持ってきてそっとビニール袋を敷いて脇に置いてあった荷物を手に取り、碧がさっと踵を返した。
私も依頼完了証をクリアフォルダに入れてバッグに突っ込み、碧に続く。
下手に残って『どの程度やったらどのくらいの寿命の延長になるんだろう??』と言う話し合いに巻き込まれるのは御免だ。
色々やって、来年になって『こんな路線で正しいですよね? これでどのくらいの寿命延長の価値が認められますか?』と尋ねるならまだしも、現時点では聞いたところで応じてすらしてくれないだろう。
だとしたら、余計な事を曽根家の人間が思いついた時には既にここに居ないに越したことはない。
「なんかさぁ、あの蛟って泉とほぼ同じぐらいなサイズがありそうなぐらいに見えたけど、ザバァっと上がった時も戻った時も、水面は揺れたけど水位が殆ど動いてなかったね」
見ていて気になった事を、思わず車に戻りながら碧に言う。
「あれ、そうだったの? 見てなかった。
まあ、宙に浮かんでいた巨大な水の像っぽいのがばしゃぁ!と泉に戻ったのに、水が溢れ出てこなかったのも確かに不思議だったよね。
あれって実は水じゃなくて幻想だったのかな?」
碧が相槌を打った。
『水を操るモノにとって、水の体積なんぞ幾らでも自由になるぞい』
白龍さまがあっさり横から教えてくれた。
まじ〜?
じゃあ、もしかして白龍さまも諏訪湖に飛び込む時って波が立ち過ぎないように制御しているの?
確かに、以前見た雷鳥が水浴びしている時の方が、白龍さまが湖で戯れる時より諏訪湖の水面が荒れていた感じはしたかもだけど。
単に雷鳥が気が利かないだけなのかと思っていたが、違ったのかな?
「そう言えば、あのミズカミ様って白龍さまのお知り合いでした?
比較的近所ですよね、ここって」
碧が尋ねる。
空を飛ぶ神の如き存在にとっては、諏訪と松本なんて実質お隣さんだよね。
どっちが先にこの地方に腰を据えていたんだろ?
『うむ。
まあ、知り合いではあったが、彼奴は自然の精が信仰によって亜神クラスになったようなモノじゃからの。
幻想界から遊びに来てここに腰を据えた儂と違って彼奴はこの世界の存在だから、境界門を通って幻想界で魔素を補給する必要はない。
代わりに、信仰や自らの化身である川が失われるとその力も弱っていく。
人間に信仰されていた頃にこの地域の長だった家の人間と契約する事で信仰……と言うか命を対価に神としての存在を確立させたようじゃが、今の世では信仰してくる存在なんぞあの一族しかいないから、川の存在をしっかり守ることにしたようじゃの』
白龍さまが応じた。
なるほど。
ある意味、前世で言うならば高位精霊ぐらいな感じなのかな?
前世の精霊は人間の成功を左右させるような存在じゃなかったけど。
神として崇められて権能が発現すると、『成功』なんていう不明瞭なモノを与えられる様になるんだね。
まあ、他の人が八十年かそこらかけてやる事を五十年に圧縮するんだから、効果が3割増しだと思うと成功しても不思議はないのかもだけど。
「あれってどの程度やったら寿命が伸びるんですかねぇ?」
碧が車のドアを開けながら呟いた。
『神は嘘をつかぬが。
1日伸びたのだって進捗に応じて寿命を伸ばした事にはなるじゃろう。
人間の命と違って、土地の生命力は使い切る訳にいかぬから、緩やかなモノになるじゃろうな』
白龍さまが尻尾をふりっと振る。
「なんかこう今までって経済的な成功とか、芸術とか運動とかでの成功を求めてきたんだろうけど、これからは政治的な成功を求める人間が出てきそう」
少なくとも地方自治体の上層部に曽根家の意思を汲むような人間を押し込めないと、山の保全とか川の暗渠化とかを防ぐのは難しいだろう。
それこそ場所によっては山を削って高速道路を通そうとか、地下に新幹線を通そうとか言って資金を地元に誘導する事で票を集めようとする政治家とかも湧いて出てくるだろう。そう言うのを跳ね除けるためには政治力が必要だ。
どの程度上手くやれるのか、乞うご期待ってやつだね。
三十年後ぐらいにあの当主や大輝氏が生きているか、是非とも確認したいところだ。
ここでこの話は終わりです




