家族の暴走
「何を馬鹿な事を」
奈緒子さんの横に座っていた若い女性が鼻で笑った。
誰かの嫁って紹介されたと思うけど、名前は忘れたな。
「ちなみに、契約解除の懇願が可能かどうかを試す際には、実際に曽根家の血を引く方に参加して頂く必要があります。
力がある存在へ契約解除に関して話し掛ける際に、契約の当事者がいないと話が始まりませんので」
契約の当事者が居ないのに、一方的に『頼まれたんです』と口にする存在の言う事を信じて契約を解除するなんて、あり得ないだろう。
多分。
まあ、神のような存在だったら私らの魂を読んで、嘘ついていないと分かるかもだけど。現実として、現時点で私たちは曽根家の血を引く人間から頼まれていない。実は死ぬ当人達は成功の対価として若死上等と思っていて、単に他所から来た妻や母が勝手に何とかしたいと動いている可能性だってある。
それに一般常識的な礼儀としても、契約解除を申し出るなら当事者の代表が『今までありがとうございました。ですがあまりにも残される家族への精神的負担が重いので、解除させて下さい』と平身低頭してお願いすべきだ。
と言うか。
「そう言えば、現時点で生存している曽根家の血を引いた方は何人ぐらいいらっしゃるのですか?
少なくとも過半数から賛成を得ていなければ、依頼の執行はお断りさせてもらいます」
碧が付け足す。
だよね。
人生五十年じゃあないけど、早い段階で成功して40代ぐらいでFIREしたんだったら。
十年ちょっと遊び暮らして人生を謳歌して、その対価として50前後で人生が終わるのに本人だって納得しているかもでしょう。勝手にそれをぶち壊すのは不味い。
今時の高齢者にとっては、いかにピンピンころりで死ぬかが人生の集大成的な課題になると言う話なのだ。
40までに成功して15年ぐらい遊び暮らし、55でぽっくり死ぬのって究極のピンピンころりかも?
少なくとも、死なない代わりに何もかも上手くいかなくて老後に落ちぶれるかもなんてリスクがあると知ったら、契約解除を嫌がる人間が多そう。
それこそ若いのよりも、もう直ぐ若死する予定な年齢の連中の方が及び腰になるんじゃないかな? 体力は落ちてきているのに、あと30〜50年も没落する時間が残るって……ある意味恐怖でしょう。
50代になって加齢からくる体の衰えを実感し始めていたら、これから下り坂を転がり落ちるような人生になった時にそれを対処できるか、自信が持てない人もいるんじゃないかな。
今まであり得ないぐらい成功してきたからこそ。何が自力で何が寿命で贖った成果物なのか、分からないのは怖いだろう。全部自分の能力だと信じている人もいるかもだが。
「こちらの敷地に来るまでは非常にたちの悪い呪詛か祟りなのかと思っていましたが、敷地の空気から察するに、呪詛とは言い切れないと思います。
今までに依頼を受けた特級術師もそのような事を指摘した者もいたのでは?」
と言うか、これに関しては遠藤氏に今までの依頼について、もっと聞くべきだったね。
てっきり呪詛返しが巧妙に隠されているせいで見つかりにくくて諦めたとか、神の祟りで諦めたとかな話なんだろうと勝手に思い込んでいた。
白龍さまの助力を期待して私らに依頼を持ってきたんだろうな〜って。
だが。この分だと、純粋に力が足りなかったって人もいたかもだが、そうじゃなかった人も居たんじゃない?
依頼主側の女性陣と睨み合っていたら、バタバタバタと足音がしたと思ったらバン!と応接間の扉が勢いよく開いて小学生ぐらいの少女が部屋に飛び込んできた。
「お祖母様!
余計なことはしないで下さいと言っているじゃないですか!
我々は50歳で死ぬ事を恐れてなんて居ません!
自分に出来る最大限の可能性を実現できず、いつまでもずるずると年老いた体を騙し騙し長生きする方が、よっぽど悲劇です!」
「そうですよ、我々が稼いだ金で優雅に有閑マダムな人生を楽しめるんです。
それで満足して、勝手に我々の権利を投げ捨てるような事はしないで下さい」
後ろから入ってきた30代ぐらいの男性が付け加える。
「だけど大輝さん!
貴方が死んでしまうなんて、耐えられません!!」
さっき鼻で笑った女性が男性に手を伸ばす。
「綾にはしっかり金を残すから良いだろう?
余計なことはしないでくれ」
大輝さんとやらがあっさり綾さん(?)の手を振り払り、我々の方を向いた。
「ご覧になったように、呪われた一族と言われようと、曽根家の人間自身は自分の寿命に関して納得しています。
この依頼はキャンセルして下さい。
キャンセル料はいつものように払いますので」
おいおい。
「え〜と。退魔協会の方へ、依頼受付拒否の手続きを申し出ておいてはどうですか?」
誰か曽根家の血を引く人間で契約破棄を望むのを味方に引き込めば、考え足らずな人間が契約解除まで辿り着いちゃうリスクはそれなりにありそうじゃない?
呪われた一族なんて言われていたら、解呪しようとするのが当然だと思う人間は多いだろうし。
ここの空気を読み取れない特級術師は多分いないだろうと思うけど、鈍感系力技特化みたいな術師が出てくる可能性はゼロじゃないんだし。
「一応そう言う話はしてあるのですが、我々の成功を妬んだ人間からの呪詛はそれなりの頻度であるので。
我々への呪詛はどうも失敗するらしくて、家族が狙われるので家族からの依頼を受けるなと一律頼むのは危険なのですよ」
ため息を吐きながら大輝氏とやらが教えてくれた。
流石神様(多分)。
寿命で成功を購っているからには、呪詛を跳ね除けるのもサービスの一部なのね。
「え〜と、ではそちらから退魔協会の方へ今ここでキャンセルの連絡を入れていただけます?」
碧が携帯を取り出して言った。
「そうですね」
大輝氏は携帯を受け取り、表示されていたショートカットの番号をそのまま押して電話を始めた。
定期的に起きてる案件っぽいね〜。
ちょっと迷惑。
これ、呪詛返しじゃなくて奥様陣の暴走だって遠藤氏もわかっていたでしょ?
なんで回してきたのか、後で確認しよう。




