脳裏(?)の人影
「う〜ん、資金の受け取りとかターゲットの情報はしっかり記録されていたけど、依頼人の情報が無いなぁ」
溜め息を吐きながら碧が戻ってきた。
どうやら書斎の探索は期待した成果を齎さなかったらしい。
「あらま。
書類も無い?
記憶にもなんか扱いに困っちゃう様な綽名が羅列されているだけで実名っぽい名前は出てこないんだよねぇ」
私も思わず溜め息をついた。
『愛宕のハゲ』
『大手町のギンギラ』
『六本木の若作り』
呪師の記憶を読んで出てきた、直近の呪詛返し狙いの紙人形製作の依頼人だ。
参ったね〜。
人の名前を覚えるのが苦手なのか、覚える気が無いのか、どっちか知らないけど基本的に名前が記憶に出てこない。
呪師がつけた綽名モドキな名称だけでやり取りの記憶が残っている。
記憶と言うのは本人が忘れていても残っていて読めることも多いのだが、本人が興味なくて聞き流して認識しなかった情報は流石に残らない。
下手をしたら、この呪師は相手の名前を知らない可能性もありそうだ。
全てニコニコ現金取引で、ターゲットの名と所在地及び写真だけ受け取り、陥れる人員は呪師が手配してそちらに紙人形を渡すので、依頼人には一回しか会っていないのだ。
相手にしても、自分の正体は秘密にしたいので本名を言っていない可能性も高いし。
ちなみにこの呪師、かなり黒魔術の才能があるのか呪詛返しの転嫁付きの呪詛も出来る様だ。
記憶の中に転嫁に使った人の記憶もある。
普段は呪詛返しが呪師では無く依頼人に行くように呪詛の幇助と言う形で依頼をやっていて、依頼人が希望したら転嫁付きを多額な追加費用を払えばやっていたのだが、どうも転嫁付き呪詛返しは回避されると依頼人では無く呪師の方に返される事があるらしい。
これは私も知らなかった。
一度痛い目にあって転嫁された返しを愛犬に押しつけてその子を失って以来、呪詛返しの転嫁を求める用心深い依頼人には呪詛返し狙いの紙人形を薦めることにした様だ。
自分の命には変えられないから飼い犬を使ったものの、愛犬を喪ったのは辛かったので呪詛返しの転嫁付き呪詛はもう請けるのを辞めたらしい。
犬が居ない状態で呪詛返しが来たら危険だし、かと言って犬をゲットした後にまた喪うのは嫌だと言う感情がかなり強く残っていた。
金よりも愛犬を重視する姿勢は微笑ましいけど、だったら呪師である事そのものをやめれば良いのに。
もう十分金は稼いでるじゃん。
そして依頼人や被害者への無関心とは全然違い、金への執着は強い。
スイス銀行や中国の怪しげなシャドーバンクの口座情報の記憶はしっかり口座番号やら担当者の電話番号まですぐに出てきた。
当然、直近の資産残高も。
こう言うのってどうなるんだろうね?
本来ならば被害者の遺族に補償金を払うべきだと思うけど、考えてみたら殺人ってやっても賠償義務はデフォルトでは生じないんだっけ??
刑事訴訟とは別に、民事訴訟で損害賠償の訴えを起こして勝てば受け取れる程度な気がする。
遺産相続絡みだったら相続権は失うだろうが、赤の他人である被害者への自動的な賠償責任は法律に明記されていないと思う。
つうか、捕まった呪師がどうなるかも気になるんだけど。
下手に牢獄に入れても逃げられたり呪詛を掛けられたりしたら困るから、退魔協会がひっそり殺しちゃうんじゃ無いかと言う気もしないでもない。
その場合、協会のお偉いさんが資産情報を搾り取ってネコババしそうだと思うのは、私が捻くれすぎているからかな?
「ウチらがこないだ会った『お嬢様』の件の依頼人は『六本木の若作り』だったって記憶にはあるんだけどねぇ。
イジメて追い詰めたのはこいつが雇った裏の仕事人っぽいプロ。
依頼人の顔のイメージはあるけど、名前は『六本木の若作り』だからちょっと絶望的かも」
一応イメージを他の人間の脳裏に直接送り込むことは可能だ。
「『お嬢様』とその両親あたりに見せられない?」
碧が聞いてきた。
「まあ、出来なくはない・・・かな?」
あんまり便利な能力は退魔協会から隠しておきたいけど。
銀行の口座情報や暗証番号まで分かるなんて、バレたらすごく悪用されそう。
まあ、こちらからは何も言わずに依頼人の顔だけ出すのもありかもだけど。
「スケッチするのは?」
更に聞かれるが、私に人の顔なんて描ける様な才能はない。
「無理だねぇ。
絵描きは苦手」
いつも5段階評価で美術系は3だった。
これも工作が4、絵画が2と言った内訳だったと思う。
前世では脳裏の映像を取り込んで投射する魔道具があったんだけど、あれの構造を知らないから例え魔石を含めた素材を集められても魔道具を再現できない。
どうすっかね?