ホームセキュリティ対策
「よっしゃ!
動いてないね」
夜になり、軽い夕食を食べた私たちはマンションを出る準備を始めた。
レンタカーは既に碧が大学の帰りに借りてきて近所の駐車場に置いてあるし、幾つかの雷撃系の攻撃用の符も持った。
最後の準備として私が紙人形を出して呪詛のリンク元を再確認したら、幸いにも昼と同じ場所だった。
どうやら今回の騒動源の呪師は都内の高級住宅地に住んでいるらしい。
「そんじゃあ、行こうか」
碧が鞄を手に立ち上がる。
「この雷撃の符でホームセキュリティを何とか出来るの?」
エレベーターで降りながら鞄に入れた符について碧に尋ねた。
ホームセキュリティってどう対応するのか分からないんだよね。
前世では探知結界とかはあったけど、防犯カメラやモーションセンサーなんて無かった。
しかも探知結界は基本的に人間なら誰でも有している魔力を探知するタイプで、熱とか重さとかに反応していた訳ではないので侵入用の術も現代の防犯テクノロジーには役に立たないし。
「小さな落雷が起きたみたいな状態になるから、家の電源に繋がった装置に使えばブレーカーが落ちる・・・筈。
少なくともそう言う説明付きで売られていたよ。
家に忍び込む様な荒っぽい仕事は今まで請けて来なかったから使うのは初めてなんだけどさ」
レンタカーのドアを開けながら碧が答えた。
凄いね。
一発で家中を停電させられるのか。
悪用されたら中々怖いぞ。
『儂が雷を落としても良いのじゃが・・・うっかりして中の人間を焼き殺しては呪詛を依頼した人間の情報が失われるかも知れぬからの。
儂が出るのは最後の手段じゃ』
白龍さまが付け加えた。
おお〜。
確かに龍が個人宅に雷なんぞ落としたら、避雷針があっても全て丸焦げになりそうだね。
「そう言えばさぁ、退魔協会で最初に出てきた大田とか言う受付嬢が『登録したばかりの初心者が関与できる様な案件では無い』とかなんとかふざけた事を言って紙人形の引き渡しを拒否してきたんだけど、退魔協会の受付嬢って変な人が多いの?」
ちょっと郊外にある我々のマンションから都心近くの高級住宅地までは、平日の夜という比較的道の空いた時間でも1時間ちょっとは車で掛かる。
運転している碧の横で爆睡する訳にもいかない。
時折紙人形をチェックして方向が間違っていない事を確認する以外する事が無かった私は、ふと思い出して日中のウザい受付嬢の事を碧に聞いてみた。
「う〜ん。
退魔協会の上層部が退魔師で独身の若い男性を私とくっ付けようと色々仕組むせいか、受付嬢は私に敵対的な人が多いね。
と言うか、それなりに霊力のあるフリーな女性退魔師って基本的に誰もがお節介ジジイどものお見合い攻勢を受けるから、受付嬢からの対応は悪いらしいよ」
碧が曲がる為のウィンカーを出しながら答えた。
なんだ。
初心者だとか碧への依頼だとか言うのは単なる言いがかりで、要は嫌がらせをしたかっただけなのか。
「女性退魔師全般に態度が悪いなんて、終わってない??」
確かに退魔師って生き残れるだけの力があるならそれなりに高級取りなんだろうけど。
ライバルだからって退魔協会にとってそれなりに有用であろう女性退魔師に対して露骨に敵対的な態度を取るなんて、妻候補としてもダメじゃ無い?
「実際に依頼を受ける退魔師は女よりも男の方が多いからね〜。
受付嬢たちは男性退魔師には行き届いた細やかなサービスをする『良い子』だからジジイ達には可愛がられてるし、流石に露骨にダメだろうと言える程の行動をする馬鹿はそのうち淘汰されるから、退魔師の男女比が変わらない限り改善は期待出来ないんじゃないかな?」
信号が変わり、右折しながら碧が答える。
「なんだって今時そんな男に寄生する気満載な人ばかりが集まるの??
退魔師の業界が男尊女卑な世界だとしても、受付嬢がそれに染まる必要はないでしょうに」
「純粋に能力が必要な部署ならまだしも、受付なんてにっこり笑って所定の手続きをすれば良いだけの判断応力を求められない職務が多いからね。
使えない縁故採用の多くは受付に送られるみたい」
ぐいっとアクセルを踏み込みながら碧が言った。
縁故採用ね。
「そっか。
退魔協会の職員も退魔師の家系の人間が多いのか」
「そう。
退魔師になれるほどの能力は無いけど、家を離れて自力で自分の将来を開いていこうとするだけの気概が無い甘ったれが受付嬢になる。
で、そう言う人たちだから能力持ちの男を捕まえる事が存在意義だと言われるし、本人も『一流退魔師の妻』になりたいと思っているから・・・女性退魔師はライバルな上に自分達が持ってなかった能力を持っているってことでそれこそ呪詛を使えるなら呪いたいぐらい嫌ってる人が多いね。
飲み会なんかがあったら絶対側に座らない方が良いし、私は退魔協会で階段を降りる時は受付嬢が後ろに居ないか必ず確認してる」
碧が溜め息を零した。
怖すぎる。