呪詛と蕁麻疹
講義の後、西江と一緒に彼のサークルの部室へ向かった。
「下手に面倒な女性から敵視されると面倒だから、そのサークルの部屋に入っても私の事は知らないふりしておいてね。
適当に仲間内で話をして、その女性に絡まれたら断って部屋を出る形でよろしく。私も素知らぬふりをして追い掛けるから」
ある意味、変なスキル持ちとか悪霊憑きなら無効化出来るけど、単に男を操るのが上手い嘘つき女だった場合はそんなのに敵視されたら迷惑過ぎる。
それに狙った男の連れだと思われると彼女候補かと警戒されて本心を読み難くなるし。
「分かった。
居なかったり、悪霊とかじゃなくて単に変な嘘つき女だったらもうサークルを辞めても良い時期だから、諦めるよ」
小さく溜息を吐きながら西江が言った。
サークルを辞める程度でそんな粘着女が諦めるかね〜?
ただでさえ怪しげな事件で逮捕されて、起訴待ちの間に留置所の中で死んだ(らしい。呪詛依頼者としてあるあるな終わり方だと遠藤氏から後から聞いた)男の息子なのだ。
本家が保証人になってくれたお陰で就職は出来たらしいが、ここで変な女が出て来て彼からDV被害に遭ったとか、結婚の約束をしたのに捨てられたとか喚きながら勤務先に押し掛けて来たりしたら退職勧告を受ける羽目になるんじゃない?
「サークルを辞めて、ついでに父親が死んだし本家とはほぼ絶縁状態で、妹はまだしも自分はほぼ一文無しだよと言っても付きまとう様だったら、警察にでもストーカー被害として相談しておいたら?
何かその際に書類を出してもらって、もしも彼女が家とか勤務先に押し掛けて来た際に周囲に見せられる様にしておく方が無難かも?」
男性からストーカーに遭っているとか結婚の約束をしたのに捨てられたとか、涙ながらに女性が訴えれば周囲は女性に同情すると思う。
だが男が女に付き纏われて困っていると訴えても、同情されるどころか下手をしたらナンパして酷い捨て方をしたんじゃないかとか、ネガティブな見方をされかねない。『火のないところに煙は立たない』って考え方は、事実である場合もあるが……頭がおかしい人間に粘着されたような状況だと、無責任な酷いスタンスだよね。
せめて後ろ暗い事はないから警察にも相談したんだと胸を張って見せられる証拠でもある方が良いんじゃないかな。
西江が足を止めて私の方を見た。
「そうか!
父親が死んで、生前に起こした事件の賠償金を払ったせいでほぼ一文無しだと言えば、あの女なら離れて行くかも?」
「見た目が気に入ったとか、将来性があると思っているとかだったら、弱みを握ってそれで脅せるかもとより粘着する可能性もゼロではないけどね」
男性のDVからストーカーになるタイプなんかは、女性を自分の制御下に押さえ込んでおきたいから、立場が弱い女性を好む事が多いとどこかで読んだ気がする。
DVの場合は気が強い女を家庭内と言う密室状況で叩きのめして心を折るのが好きと言うケースもあるらしいけど。
女のストーカーの場合は『付き合っている』と言う妄想が突き抜けちゃっているケースが多いみたいだから、金がない事を重視する程に現実が見えているか否かがポイントかな?
西江が溜息を吐いた。
「こう、粘着女が自分に近づけなくなる様な呪詛って無いのかな?
普通に退魔師の術で人格矯正出来るならそれでも良いけど、取り敢えず俺や俺の持ち物とか家族に近付いたら蕁麻疹が出るとか頭が痛くなる呪詛なんて、どうだろう?」
どうやらかなりその粘着女に対処に疲れ果てているみたいだ。
中々不幸だねぇ、彼も。
家族が崩壊しちゃったと思ったら今度は粘着女だなんて。
でも、呪詛でストーカーを退治するなんて、ちょっと斬新な対処方法だね。
見知らぬ人間にストーキングされているって言うならまだしも、相手が分かっているのに、理性的な話し合いで近付かない様に説得出来ない相手となると……確かにその人物の髪の毛でも入手して、呪詛をかけるのも一つの解決策かも?
「呪詛って呪わば穴二つって言うように、害を及ぼしたら自分にそれが跳ね返って来るから安易に手を出すべきものじゃ無いんだよね。でも、もしもその粘着女がストーカー化するなら、あなたに近付いたら蕁麻疹が出るって言うような呪詛を掛けるのもありかもね。
その程度だったらカルマ的にもそれほど大きくマイナスじゃ無いだろうし。
ただ、返された時のダメージを考えて、呪詛の効果も時間限定タイプにした方が良いでしょうね」
『近付いたら10分蕁麻疹が顔に出る』って程度だったら返されても20分なら何とかなる。
ある意味、返されて彼女が近づく度に顔に蕁麻疹が出るようになったら興醒めだろうし。
と言うか。
彼女が近付いたら蕁麻疹が出る呪いを暫く自分で自分に掛けたら、彼女も如何に自分のアプローチが嫌がられているか目に見えて自覚出来て効果的かも?




