代わりは幾らでもいるか
「うっわ〜、凄い!!」
先日新聞で記事になっていたお勧めな包丁研ぎ器をネットでオーダーしたのだが、新聞に載ったせいで注文が店側の想定を大幅に上回ったのか、商品が届くのに3週間近く掛かった。
それだけ待たされた道具がやっと届いたので実際に包丁を研いでみて、鳥のもも肉を切ったところ……スパパ!と言う感じに切れた。
「どしたの?」
碧が台所の方を覗き込んで聞いてきた。
「こないだ新聞に載ってた研ぎ器を買って包丁を研いでみたんだけど、物凄い肉が良く切れるようになったの!
キャベツの切れ味はそれ程変わった気がしなかったんだけど、肉がねぇ……もうなんか、今までは力技だったんだなって実感しちゃうぐらいあっさりスッパリ切れるのよ!」
一応碧が持っていた電池式の研ぎ器もあったのだが、あまり効果がない感じな上に甲高い音がして源之助が嫌そうだったので、ここ2年ぐらい研いでいなかったのだ。
肉は冷凍しておいて、切る時はタイミングを計って半解凍状態ぐらいの固い状態じゃないと切れないのがある意味デフォだったのだが。
切れる包丁だとこんなに簡単に肉って切れるんだね!!
実家では母が冷凍の唐揚げ用サイズぐらいに切ってある肉を買っていたから、今世で肉を包丁で切ったのって実質碧とルームシェアし始めてからなんだよね。
こっちでも最初は水炊き用とか唐揚げ用の切ってある肉を買っていたんだけど、近所のスーパーで買うなら大きめな塊のもも肉を買って切り分ける方が安いって事でそっちに変えていたのだが、肉って包丁でそう簡単に切れない物だと思っていた。
前世のナイフは現代日本の包丁ほど切れ味が良く無かったし、肉も固かったから違和感が無かったのだ。
まさか包丁を研いだらこんない切りやすいとは。
「あ、それやっと着いたんだ?
どんな感じ?」
碧が横に置いてある研ぎ器を見て聞いてきた。
「なんかしゅわ〜って擦るだけでマジで切れ味が上がった。
びっくりだわ」
素人が適当に挟んでまっすぐ擦るだけでここまで刃が鋭くなる研ぎ器を作れるなんて、一体どれだけ試行錯誤したんだろ?
製造者に脱帽だね。
「なんかこう、今まではかぼちゃを力任せに切っている時にうっかり指を切っても爪が割れる程度だったけど、これだったらマジで指を切り落としちゃうそう。
碧も気をつけてね」
碧が居れば私が切れちゃった指は引っ付けて貰えると思うが、碧が切っちゃってショックで気絶したりしたらヤバいからね。
私よりも碧が要注意だ。
「うわ、怖いことを言わないで〜!」
碧が身震いしながら言った。
切り分けた肉をフライパンに入れ、包丁を洗うためにシンクに行く。
うっかり手を切らないように気をつけて包丁を持ってスポンジで洗う。
が。
「ぎゃあ!!」
スポンジが滑って、親指の付け根が包丁に押し付けられた。
「うわ、手を洗ってこっちに出して!!」
ボタボタと血がシンクに垂れ落ちるのを見て碧が慌てて駆け寄る。
気をつけていたのに……!
ちょっとスポンジが滑って手が包丁に押し付けられた程度な感じでこんなにスパッと切れるなんて、びっくり過ぎる。
世の中の、碧が近くにいない主婦とかって包丁を研いだらマジで厳重に用心しなきゃだね。
これだったら足元に落としたら、マジでスパッと足の甲に包丁が刺さりそうだ。
「そう言えばさ、こないだの刀振り回したおっさん、実は新興大手IT企業のCEOだったみたいね。
解任されたって記事が出てた」
シンクから血を洗い流し、パスタを作って食卓に運びながら碧が教えてくれた。
「え。
除霊してからまだ3週間も経ってないじゃん。
人を蹴り落とすのに躊躇するようになるとそんなに早く失脚するの??」
病院で除霊ついでに条件付けをし終わり、おっさんが目覚める前に先に退出した私たちだったが、ちゃんと数十分後には被疑者が目を覚ましたと田端氏が教えてくれた。
そして精神科医の診断?を受けて、切りつけた時の記憶が無かったと言うことで心身喪失状態だったって判定されてあっさり釈放。翌日には本国に帰ったって話だったが。
失脚したのって私が埋め込んだ悪事をやり難くする条件付けのせい?
それともホテルのロビーで刀を振り回したのが株主とかにばれたのかな?
「なんかねぇ、その前に大統領の要望を断って非公式なアドバイザーの座から蹴り出されたらしいってあっちの掲示板に書いてあったから、大統領と仲違いしたのも失脚の原因かも?」
碧が教えてくれた。
要望を拒否、ねぇ。拒否されるような弱い者イジメな要望を下の立場の人間に押し付け、断ったら首にしたんだ。相変わらずだね、あの大統領。
刀を振り回して傷害事件を起こしたのは大統領的には気にならなかったかね?
あの国の権力者って基本的に力こそ正義的なスタンスで、『弱いのが悪い』的に弱者を虐げるのに躊躇しない人が多いようだが、少なくとも露骨な弱い者イジメは国のトップがやるにはみっともないって考え方が一般的だったみたいなのに。
マジであの人、厚顔無恥の典型例だよね。
どうせなら、大統領の元まであの妖刀を見せに持っていって、それでグサッとやってくれれば良かったのに。
残念。
取り敢えず悪烈な人が一人ビジネス界から減ったと喜ぶべきかな?
まあ、似たり寄ったりな肉食な人が他にも沢山いるんだろうけど。
世の中、そう簡単には良い方向へは変わらないよね〜。
取り敢えず、ここでこの章は終わりにします。
明日は休みますが、明後日からまたよろしくお願いします。




