気を付けろ?
車内の微妙な雰囲気をよそに、聖域へ続く横道の途中で駐車スペースになっている場所に着いたので車を停めた。
「じゃあ、卵を渡してくれたら聖域に置いてきます」
碧がキャロルとカレンに提案した。
他人は聖域に入れないと言う事は事前に知らせてある。
ここで言い争う気は無いのか、あっさりカレンが膝の上に乗せていたキャリーケースを持って車から降り、器用に足にキャリーケースを寄り掛からせて脇を開けて20センチ四方ぐらいの箱を取り出した。
『こちらです。
でも。入れなくなる所まで、一緒に行っても良いですか?』
カレンが箱を胸に抱いたまま聞いてきた。念話を込めたせいで何を言っているか伝わるね。なるほど、こう言う形にすれば英語でも分かるのね。言語を学ぶのに良いかも?
態々念話を披露するとは。そこまで思い入れがある様な関係を持っていたんかね?
サンダーバードの出現後に見つけたんだったらそれ程長い間一緒に居た訳じゃないと思うけど。
卵が色々と念話で話かけてきたのかな?
「良いですよ」
元々、近くまでは来ても良いと言う話だったのだ。あっさり碧は合意して、聖域の方へ歩き始めた。
『気をつけて』
小さくギリギリまで細く絞った念話がこっそりと届く。
うん?
碧じゃあないよね。
チラッと後ろの二人に視線を投げるがキャロルは周囲を見回しながら何かカレンと話しているので、彼女でもないっぽい。
となると。これってさっきの卵??
『何に気をつける必要があるの?』
そっと卵だけに届く様に念話を絞って返す。
何と言っても黒魔術師の胸に抱かれている卵なのだ。
針に糸を通すぐらいの精度で念を絞らないとカレンにも聞かれてしまうだろう。
『僕を抱いている女性。
愛し子を国許へ連れ帰るように頼まれているから』
卵が教えてくれた。
マジ!?
思わず振り返ってカレンを見たくなったがぐりっと肩に力を込めて動きを止めた。
あぶね〜。ここで振り返って凝視なんてしたら、頑張って念を絞った意味がなくなる。
『彼女って白龍さまの天罰を無効化出来るような存在なの?』
普通の人間に見えるが。
カレンもアメリカ版氏神さまに愛し子なのかな?
既に愛し子がいるなら碧は要らないじゃんと思うが、白魔術師の愛し子だと有益さが段違いなのかも。
『彼女は人の精神に干渉できるけど、愛し子ではないよ』
卵が答えた。
だったら碧を直接襲うとか意思誘導しようとしても、白龍さまが何とか出来るとは思う。だけど緩くて弱い意思誘導をそっと掛けられたらうっかり見過ごしてヤバいのかも?
取り敢えず、聖域の入り口で弾かれる筈だから、聖域に入ってから要相談だね!
弾かれなかったらヤバいが。
数分後に聖域の入り口に辿り着き、キャロルとカレンが結界に触れて入れない事を確認し始めた。
結界自体はそれ程珍しくは無い筈だが、魔力を感じさせず、人間をこうも容易く拒絶する結界は珍しいんだろうね。
キャロルは興味深々に叩いたり指で突いたり、碧に許可をもらって風をぶつけていたが、当然全然効果はなし。
カレンも手を沿わせて入れない範囲を探っている。
「聖域の存在に納得して貰えたなら、そろそろ中に入ってこの卵を置いてくるわね。
中だったらそれなりに魔素が濃いから、そのうち元の形に戻って境界門を自力で超えて行くか、白龍さまの里帰りの時に連れて行って貰えるでしょう」
5分ほど経ったぐらいで、碧がパンっと手を叩いて二人の注意を引いた。
『私も中に入れるようにしてくれない?』
カレンが重ねて頼み込んできた。
ちなみに念話に意思誘導の力も練り込んでいるが、バレないようにか微細なレベルだ。
これならしっかり自分の意思と聖域を守ると言う責任感を持つ碧なら拒否できるだろう。
「最初から言ったように、駄目。
卵を私に預けるか、帰るか選んで」
碧が素っ気なく首を横に振って断った。
ここでそれ以上の力押しをするのは諦めたのか、ため息を吐きながらカレンが卵の入った箱を碧に差し出す。
しっかし。念話を使うのってそれなりにタブーじゃないのかな?
それとも声に重ねていたからキャロルは気付かなかったのか。
と言うか、キャロルは今回どの程度カレンの目的を知っているのかね?
少なくともハニトラ要員だったジェームズとは派閥か命令系統かが違った様で上司にチクって彼の行動を止めさせたようだったけど、今回はキャロルの命令系統の上が碧を意思誘導を使ってでも勧誘しようと決めたのか、それとも知り合いのカレンに単に利用されているだけなのか。
気になる。
が、ここを掘り下げるよりも、それほど親しくしている訳でも無いし国外からの人は全部無視ってした方が楽かも。
「じゃあ、ちょっと待っていて。
なんだったら車に乗っていてくれても良いわよ」
ドアの鍵は掛かっていないから、中の座席で座って待っているのは可能だ。
そのまま、変に引き止められて念話と意思誘導混じりの『お話し合い』になる前に、さっさと卵の入った箱を取って碧の腕を掴み、聖域の中に入った。
「さて。
何が起きているのか、知っている事を説明してちょうだい」
箱を地面に置い蓋を開け、声を掛ける。
さっさと反応してくれないと、卵に話しかける不思議な人になっちゃうから急いでね〜。