国際術師フォーラム
「退魔協会からメールが来てるね。
また国際術師フォーラムを開くらしいよ」
起床後に見たメールについて、眠そうにコーヒーを飲んでいる碧へ伝えておく。多分まだ見てないだろう。
今朝の朝6時半のタイムスタンプがついたメールだったけど……なんだってそんな時間にメールを発信したんだろ?
ヨーロッパとかアメリカの同業者団体と何かやり取りして詰めなきゃいけない詳細でもあったのかね?
「え?
そういえば、もうそろそろそんな時期?
ちょっと普段より遅い気もするけど」
少し首を傾げながら碧が言った。
「なんか、暑いから開催時期を少しずらしたって書いてあった。
開催のお知らせでそれを言及するのではなく、いつもの開催時期にお知らせメールを送ればいいのにね」
馬鹿みたいに暑い猛暑の最中にフォーラムなんかやっても、日本人は出て行くのを億劫がって参加を取りやめそうだし、外国人は飛行機やホテルの予約があるから来るだろうけど暑くて倒れかねないから、時期をずらすのは悪く無いアイディアだと思う。
だけど、興味がある人には通例の開催時期より前に今年の開催が遅れますって知らせる方が誠意ある行動だと思う。私らは別にあのフォーラムに特に興味がある訳ではないし、今更あれの受付バイトをする気もないからどうでも良いんだけどね。
まあ、もしかしたら誰も特に興味を持っていないのかも?
「確かにそうだよねぇ。
今回は流石にバイトのお勧めも来てないよね?」
私の言葉に頷きながら碧が尋ねた。
自分でタブレットを確認する気は無いようだ。基本的に朝食前はかなり受け身なんだよね〜、碧って。
「バイトの勧めは添付されてなかったね。
電話で頼まれる可能性はゼロでは無いだろうけど、東西両方の大国からハニトラ騒動のターゲットにされたらしき事を考えると、流石に退魔協会もバイトとして不特定多数の外国人の前に顔を出す事を頼んではこないでしょ」
誰かが買収されててそれとなく裏から手を回すのも、天罰ディフェンスの脅威度を考えると手を出すアホが流石に居なくなっているだろうし。
敢えて天罰ディフェンスを西か東の大国へ向けたいと願う攻撃的な考えの人がいる可能性もあり得なくはないかもだけど。
「何か面白そうなセミナーとかワークショップはあった?」
トーストしたパンにバターを塗ながら碧が聞いてきた。
「なんかこう、『中国3000年の歴史』とか『古からのアジアの盟主としての優位性』とか言った色々と上から目線なセミナーや、『キリスト教の倫理観』とか『民主主義の優位性』とかをどうやってか術の良さに繋げたらしき講義とかがあるっぽい? なんか去年や一昨年よりも尖った題目が多い感じだね」
あまり興味がなかったしバイトにも行かなかったから去年のフォーラムでのセミナーとかの中身は覚えていないが、今年のは明らかに参加している国の幾つかは尖って喧嘩腰だ。
そんな連中が日本の術師をハニトラもしくはストレートに高給で引き抜こうとしているのに、なんだって日本の退魔協会は呑気にこんなやばい参加者を招く国際フォーラムなんて開催しているんだろ?
術師がパスポートを取得する事すら思い留まらせるために色々と手を尽くしているらしいのに、堂々と他国の代表者が日本の術師に声を掛けられる環境を作るなんて、アホの極みという気がする。
「うわぁ。
参加辞退一択だね」
碧が嫌そうに顔を顰めた。
「まあ、参加を申し出なければそれで良いんでしょ?」
勝手にデフォルトでチケットを買う形になるなんてことは無いと思いたい。
「だね〜。
あ、キャロルから友達が来るから紹介するってメッセージが来てたのってそれ関係なのかな?」
トーストに噛みつこうとしたところで手を止めた碧が首を傾げながら言った。
あのアメリカからの留学生は同時期に来た男よりはマシだけど、最近のアメリカってちょっとどころでなくトップの行動が常軌を逸しているからなぁ。
そんな国の政府と関係している可能性のある人物となると、会いたくないかも。
「一応、会うかどうか返事するのはその人の職場がどこかとか、親戚に政府関係者が居ないかとかを確認してからの方が無難じゃ無い?」
嘘をつかれたら分からないけど。
というか、退魔協会にでも調べて貰えないかな?
まあ、世界有数の大国が本気で偽装する気があったら、平和ボケしている日本の政府や退魔協会にそれを見抜く能力があるとは思えないけど。
「……やっぱ、忙しいって事にして紹介はまたの機会にとでも言ったらどうかな?
出来れば政権が変わる3年後か7年後ぐらいに」
碧が言った。
確かに。
同盟国が大量虐殺している戦地を、元からの住民を全員追い出した後にアメリカの領土として観光地にすれば良いなんて真面目に提案する大統領が上にいる国の人とは……会いたく無いよねぇ。




