運命と言えるの
碧の祝詞が続くうちに、徐々に空気中の煌めきが黒い霧のような穢れに打ち勝ってきたのか、『薄暗い部屋』が『普通の部屋』になってきた。
黒かった壁や床が普通の色に戻る。それからもう少ししてから碧が祝詞を終えて柏手を打ったら、パン!と言う音と共に閃光が走り、耳には聞こえないけど甲高い悲鳴と共に、悪霊の影が消えた。
どうやら今回は碧の退魔にしては珍しく穏やかに昇天は出来ず、力尽くでの除霊になったらしい。
一体どんだけ怨みを抱えていたんだろうね?
まあ、内乱で弱っていたとは言え、南米大陸のかなりの部分を占めていた大帝国が滅ぼされ、植民地化された上で住民も奴隷としてガンガン使い捨て感覚で酷使されて死んでいったのだ。
食糧生産での奴隷労働だけでなく、鉱山とかでの無茶な安全性を度外視した過酷な労働とか、鉱毒とかでの死者とかも多かっただろうし。そう言うのに我慢しきれなくて反乱を起こして、見せしめも兼ねて惨たらしく村ごと皆殺しにでもなった霊なのかも?
そう考えると、アメリカのインディアン(と言うか、Native Americanと言うのが最近の正しい呼び方らしいが)の悪霊とかもどっかに居るのかな?
いや、北米アメリカの場合は殺して土地を奪い取っただけで、奴隷労働はもっと後に土地から原住民の人々を駆逐して安全性を確保して開拓を本格的に進め、アフリカから攫った人たちを奴隷にして金儲けに邁進したらしいから、もう少し怨みが分散したのかな?
虐殺されたらそれはそれで怨むと思うが、アメリカのインディアンは時折逆襲で開拓民達を虐殺し返したこともあった様だから、戦争みたいなものだと死んだ原住民達が納得していたらそこまで悪霊化しないのかも。
それこそ、サンダーバードにでも祈って逆襲を願えば良かったのにね。
いや、ワンチャン一生懸命祈ったのに神が応じなかったからそれも運命と諦めた可能性もあり?
サンダーバードは幻想界か他の世界にふらふらと遊びに行っていたせいで全然祈りが聞こえなかっただけで、原住民の人々が駆逐されたのは『神の意志』って訳じゃあ無かったんだと思うけど、ある意味助けを得られなかったって点では『運命』という考え方も間違いじゃあないのかもね。
もっとも、魔素が薄い地球ではサンダーバードや龍クラスでも氏神さまたちは長期的な戦闘行為には向かないだろうけど。
しょっちゅう魔素の補給に戻れる境界門の側だったらタイミングがずれなきゃ防衛戦は可能かもだが。
もしかして、元寇の時の神風って白龍さまとか他の氏神さまの手助けの結果だったのかな?
2回嵐を起こすだけで諦めてくれるならまだ可能だよね。
お陰で太平洋戦争中にも、アホな軍人の一部は敗戦が明らかになっても『挫けずに頑張っていれば神風が吹いて米兵を一掃してくれる』なんて主張する頭がおかしいのも居たらしいが。
太平洋戦争の時みたいにじっくり研究して何度も繰り返し空爆されるんじゃあどうしようもないだろうし、先に大陸側へ攻めに出て行ったのは負けても『知らん』って無視されてそう。
と言うか、白人があっちこっちの侵略戦争にそこそこ成功したのって、誰かそう言う現地の氏神的な存在を抑える協力者が居たのかね?
それともそう言う存在がどこでも介入してこないから、強い病原菌を持つ白人が有利だったとか?
そう考えると、ある意味14世紀頃にヨーロッパでペストが大流行したのが後の新大陸侵略の成功に繋がったと考えられるかもだね。
それはさておき。
「はい、終わり。
疲れているしちょっと栄養状態は悪いみたいだけど、特に悪影響は残ってないかな」
碧がベッドの上の亜希子さん(多分)に軽く手を触れて確認してから言った。
「変な後遺症があったら煩いかもだから、精神面も確認しておこうか」
私もベッド元に近付き、亜希子さんに触れる。
うん、記憶によると間違いなく藤本亜希子さんだね。
霊感が稀に見るレベルで無かったから、色々とホットスポット的な場所を回るのが好きだったものの本人があまりにも無反応なせいで糠に釘的な感じで不満を生者にぶつけたい悪霊からほぼ無視されてきた様だ。今回はそれを超えるだけの怨みエネルギーがある相手にぶち当たったのが敗因ってやつかな?
霊感の無さって言うのは生まれつきではあるし、魔素の取り入れが実質不可能な地球では事後的に変えることもほぼ不可能だ。
ただ、ごく僅かに察知した霊からのアピールを『風が吹いたね』と無視するか『霊?!』と反応するかは本人の気質次第だ。
ここで恐怖を感じて怯えれば、霊が祟り甲斐があると感じてより執拗にアピールする。
亜希子さんは今までどんなホットスポットに行っても悪霊を感じる事がなかったから恐怖感もなく、悪霊にとって面白みのない相手だからほぼ無視されてきたが、今回の特大級悪霊に取り憑かれた事で初めて恐怖を知った。
全部それを忘れるのは不自然だし、本人の為にもならないが、恐怖心が剥き出しなまま精神に残るのはそれはそれで不健康なので、どの程度の傷跡が彼女の精神に残っているか、確認したかったのだ。
「どんな感じ?」
「う〜ん、呪ってやる呪ってやる呪ってやるってずっと言われていたし、頭や腹が痛かったみたいだけど、あまり恐怖心は感じてなかったみたい?
本人的にはペルー人を殺した連中の子孫じゃないのに呪われるのは間違ってる!!って主張し続けたのを、死ぬ前までには聞いてもらえると思っていたみたい?」
かなり突き抜けた楽観主義者かも。
なんだってこんな人がオカルトに興味を持ったんかね?
取り敢えず、恐怖心を無理に薄めなくても普通に日常生活を送れそうだね。
では、代わりにオカルトへの興味を少し弱めておこう。
またどっかでやばいホットスポットに自分から近付いて私らが呼ばれる事になるのはごめんだ。
「よし!
じゃあ、帰ろうか」
今回は依頼終了の判子を吉田氏に押してもらえるかな?
いや、考えてみたら依頼主でも依頼主の代理人でもないんだから、吉田氏に判子を求めても意味がないね。
綺麗に祓えているのは明らかなんで、このまま帰ろう。
イチャモンつけるなら悪霊を呼び戻しましょうか?って言ったら絶対に黙るでしょう。
たとえ霊感ゼロでもあれは感じられた筈。
無くなったのも分かるだろう。