誘惑
「夏休みが終わる前に、快適生活ラボで売る予定のアイピローとクッションを持って、諏訪に行かない?」
碧が作業部屋で符の紋様を描き上げている私に声を掛けてきた。
最近は不眠用のお守りと、アイピロー用の紋様との両方作っている。数はお守りの方が薄利多売で多く、アイピローのは高い代わりに複雑で時間が掛かるので、適当に気が向いた時にやるのを変えて描いている。アイピローのはまだ柳原税理士事務所のスタッフ達以外には売っていないんで本格販売を始めた時の備蓄用だ。
「うん?
アイピローとクッションで赤木さんと美帆さんを買収するつもりなの?」
確かに子供がいたら抱っこやなんだかんだで腰痛とかになりそうだから霊泉があっても碧のクッションは有り難がられるだろうし、PC関係の仕事なら細かい作業に集中する仕事が多いだろうから眼精疲労回復効果のあるアイピローは喜ばれそうだ。
「あれらを買う権利を提供する代わりに妥当な家賃であそこで作業スペースを借りたいって話をつけようかと思って。
別に無料で私たちの商品を提供しなくても、会員限定なサービスでの購入権を与えるだけでも良いでしょ。
もしくは家賃相当の金額分だけ提供するとか」
碧が言った。
確かに?
「家賃って1LDKぐらいで5万から10万って所だよね、多分?
クッションもアイピローも月1個1万5千円だから9万円でクッション二つにアイピロー四つぐらいな感じだとしたら……赤木さんの事務所全体には足りなそうだね。
そう考えたら、アイピローとクッションを一度使わせて誘惑してから、ある程度の数を定価で買う権利で交渉する方が良いか」
柳原税理士事務所と比べてどのくらい働いている人がいるのかとか、どの程度仕事がハードなのかは知らないが、少なくとも柳原さんの所は家賃なんか目じゃ無い数を今でも定期的に買っている。一月1個1万5千円で安くは無いんだけどねぇ。
6、7月は少し仕事が落ち着いたのか電話での切実さが落ち着いてたが、買い溜めするつもりなのか結局毎月うちが販売を許している数ギリギリまで変わらず買っているんだよねぇ。
繁忙期以外はホワイトな職場って話じゃなかったの?!と言いたい。
まあ、柳沢さん曰く社員にはゲームとかネット小説が大好きな人間が多く、仕事に忙殺されてない時はそっちで目を酷使するから必要とする人が多いらしい。
どうやら、税理士事務所で働くような人はインドア派で、残業三昧な日々じゃなくなると目を酷使する様な趣味に没頭している人が殆どなんだそうだ。
「柳原さんの所に加えて赤木さんのところも快適生活ラボの商品を定期購入する様になったら、そろそろあの運営サイトとも正式契約して開業しちゃう?
諏訪でスペースを借りたら誰か事務をやる人を雇って在庫管理とか出荷作業を任せちゃっても良いし」
本格的に商売を始める前に、内輪だけでやる方が問題が起きた際に対処しやすいでしょう。
「出来るだけ売り先は絞って、ついでに販売する日も限定させない?
あまり人気が出過ぎても面倒だし、ダラダラと数日おきにずっと販売手続きの為に人を雇うのも無駄でしょう。
どうせ月次ベースのサブスクサービスなんだから、月の前半しか出荷しませんみたいな感じで対応を絞ろうよ」
碧が提案した。
「そうだよね。
毎日ガンガン出荷するほど作るのは大変だし、やりたくない。退魔協会に自分たちの事務所の仕事で忙しいから居ないよ〜って言える様に半月はあっちで働いている事にするんで出荷時期を絞るのは丁度良いかも」
新規顧客の開拓はあまりするつもりは無いんだし、口コミでだけ来るんだったら月の前半に間に合わなかったら翌月まで待ってね〜と言う商売だって良いよね。
そう考えると、最初は人を雇わなくても良いかな?
少なくとも柳原さんのところと赤木さんのところにだけ売るんだったら2箇所だけで、1箇所は発送する必要すら無いし。
「取り敢えず、来週にでも諏訪に行こうか。
美帆さんに、あそこの空いているスペースを賃借出来ないかって聞いたら要相談って言われたから。手放しでオッケーって訳じゃあないけど絶対ダメでもないみたいだった。
クッションとアイピローの力で説得しよう」
碧がニヤリと笑いながら言った。
一度使わせて誘惑して仕舞えばこっちのものだもんね。