依頼終了
「あ、3階はもうチェックし終わったよ〜」
4階の最後の部屋(転嫁付き呪詛被害者)の解呪を終え、階段に向かおうとしたところで、碧とばったり会った。
「え、もう?
早いね」
転嫁付き呪詛を掛けられた人は4階になって大分と減ったのだが、それでも四人に一人ぐらいは転嫁付きだったので解呪しながら部屋をまわっているとそれなりに時間が掛かった。
部屋の中に首を突っ込んで、呪詛の状態をチェックするだけよりはやっぱかかる時間が違う。
比較的簡単で緩い呪師なんだけどねぇ。
転嫁回避の難易度って呪詛のキツさと必ずしも一致しないから、意外と時間は掛かった。
まあ、それでも下手に転嫁付き呪詛をうっかり普通に返しちゃって、転嫁先の人を見つけて力技で転嫁された呪いを本来返される筈だった相手に戻すよりはずっと楽だからね。
ここで手抜きしても後で苦労するだけなのだ。
そう思いつつ頑張って解呪してまわって来たのだが、思ったより時間が掛かった。
「下の階の方が要介護度が高い寝たきりな人が多いみたいで、呪われている人が少ない感じだったね。顔を突っ込んで中を確認するだけだとそれ程時間が掛からないし。
中の人が普通に会話ができて、職員さんと雑談する必要がある場合に時間が掛かった感じだね〜」
碧が教えてくれた。
3階へ階段を降りながら、碧から送られたメールを確認する。
確かに呪詛を掛けられた人が少ない上に、転嫁付きが3フロア合わせて2人しかいない。
どうやら石川は上の階の入居者から呪詛を掛け始め、途中で転嫁はほぼ止めたっぽい。
なんで二人ほど転嫁が付いているのかちょっと不明だが、入居者が石川をイラっとさせて呪われたタイミング次第なのかな?
「よし、あと二人だね!
これだったら帰りに夕食を駅の側のお洒落そうなレストランででも食べない?」
呪詛を受けた人数は多いが、転嫁付きが思ったより少なくて助かった。
まあ、碧みたいな規格外な退魔師がいなければ一気に転嫁なしな被害者を解呪するなんて出来ないから、こうも早くは仕事は終わらなかっただろうけど。
「良いねぇ。
凛が残りの二人を祓っている間に、レストランを検索しておくね」
碧が携帯を取り出して頷く。
さて。
「315号室へお願いします」
高井さんに伝える。
「はぁ。
ちなみに、この呪詛の転嫁がついている場合って、呪詛返しをしたらどこに呪いは飛んでいく予定だったんですか?」
階段を降りながら高井さんがこっそりと聞いて来た。
「この施設内の他の入居者なようですね」
自分にさえ返ってこなければ良かったのだろう。
特に転嫁先に工夫する事もなく、場合によっては隣室の入居者が転嫁先になっているケースもあった。
あれってでも、転嫁先だった入居者が先に逝去しちゃったら転嫁が無効化するよね?
その場合は呪詛をキャンセルするつもりだったのかな?
まあ、考えてみると転嫁先にされていた入居者は誰もそれなりに元気そうな人が多かったから、そこら辺は注意を払って相手を決めていた様だが。
何人かの寝たきりっぽい入居者はかなりキツイ呪詛の転嫁先にされていた。
これは呪われた相手も比較的すぐに亡くなるか、呪詛だと気付いて退魔師を雇って返すだろうと思って長生きする予定がない入居者でも大丈夫だと思ったのかね?
そう言うキツイのは呪詛を掛けた人間が石川ではなく、外部の依頼者になっている様だから、入居者が先に亡くなってしまっても石川への被害は無いと割り切っていたのだろう。信用問題的には大きくマイナスだろうけど。呪師にとってはリピート客ってそれ程重要では無いのかな?
315号室に入り、ベッドに横たわっていた不機嫌そうな入居者の呪詛を返して、次に209号室の入居者の呪詛も返す。これで私の仕事は終わりだ。
魔力視で探したら、どうやら碧は先ほど石川を閉じ込めた部屋の外にいる様なので、3階に戻ってそちらへ向かった。
「あ、間に合ったんですね。ちょうど良かった」
ドアの外で石川をストレッチャーみたいのに乗せている警官を指示している田端氏を見かけて声を掛ける。
「あ、終わった?」
碧がこちらを見て尋ねる。
「うん。だからやっちゃって」
流石にこの人数の呪詛が倍返しで流れ込んだら、暑さを感じないってだけの呪詛でもどんな影響が出るか分かったもんじゃ無いからね。
折角ストレッチャーに乗せられているのだ。
刑務所へ搬送途中に変な反応が起きるよりも、今やって必要があったら病院に運び込む方が良いだろう。
「よっし。
既に範囲指定は終わってるのよね〜」
碧が頷き祝詞を唱え始めた。
空気がキラキラと清められて輝くのが視える。
死ぬ間際な人間の方が却ってこう言うのって視えるのか、職員さんよりも入居者の方が不思議そうな顔をして周囲を見回しているね。
パン!
祝詞が終わり、碧が柏手を打った瞬間にしゅわっと清涼感のある空気が流れた様な感じがしたと思ったら、施設の中に残っていた呪詛と穢れが綺麗さっぱり消えた。
「ギャァア!!」
バタバタ!
ストレッチャーに拘束されていた石川が悲鳴をあげたと思ったらなにやらジタバタ動き始めた。
ううん?
「……なんか体温が上がってる?」
横で一緒に石川の異変を眺めている碧に尋ねる。
「上がったり下がったりしてるみたい? 心拍数も乱れてる。
温度が分からなくなるのって自律神経に干渉する呪いだったのかも?」
碧がちょっと首を傾げながら言った。
自律神経って体温調整だけでなく、それこそ血圧とか呼吸とか消化とか、生命維持に必要なバックグラウンド処理的な事を全部やってるんじゃないの?
それを何十人分も狂わせる呪詛が倍返しで受けたんじゃあ、思ったよりヤバいかな?
でもまあ、自業自得だよね。
お金の為どころか、『ウザいから』なんて理由で掛けた呪詛なのだ。
戻ってきて酷い目に遭っても因果応報でしょう。
取り敢えず、この状態だったら他者に呪詛を掛けるのは無理だろう。
と言う事で、精神を封じていた術を解除する。
最後にお別れの言葉を誰かに伝えるなり、今までやってきた悪事を後悔するなり、建設的に時間を使ってくれ。
碧も似たような事を考えたのか、昏睡状態にした術を解除していた。
あれ、考えてみたらさっきの悲鳴って意識不明な中でも出たんだね。
「じゃあ、我々はこれで終わりですね。
この状態は単に呪詛返しが一気に沢山来たからってだけなので、治療しても治りません。何か質問することがあるのでしたら人工呼吸器や点滴で延命して頑張って尋問して下さい」
田端氏に告げ、1階へ向かう。
所長さんに依頼終了のサインを貰ったら、美味しいレストランだ!
これでこの章は終わりです。
明日はお休みしますが明後日からまた宜しくお願いします。