手伝って!
折角呪詛の被害者が車椅子に乗っているので、ついでにラウンジまで連れて行けないか、高井さんに交渉してみる事にした。
多分犯人は呪詛塗れで一目見れば分かる可能性が高いと思うが、被害者と一緒に移動していれば立ち止まって集中しなくても犯人が移動した場合でも移動先が分かるからね。
凶暴な強盗犯とかを確保しに行くならばよぼよぼな高齢者を連れて行こうなんて思わないが、呪師だからね。暴力に訴える確率は低いだろう。それに暴力にせよ、呪詛を投げつけて来るにせよ、碧が居ればどちらも問題にならない。
幸い、この田中さんは誰かの呪詛の転嫁先にされているだけだから、碧の魔力の触れられても解呪が早まるだけで害は無いし。
「ちょっとラウンジの方に行きたいのですが、ついでに田中さんの気分転換にでもご一緒しませんか?」
高井さんに提案してみる。
考えてみたら、碧が居れば入居者は安全だなんて事は分からないから、高井さんに反対されるかな?
ちょっとそう考えて断られるかな〜と思ったのだが、意外にも高井さんはあっさり合意してくれた。
「そうですね、そろそろ朝のお茶の為にラウンジに集まる時間ですから、行きましょうか」
あれ?
感染症が流行っているってことで入居者の皆さんを隔離しているのんじゃなかったの?
私を助ける為に合意したのか、本当に全員ラウンジに集めて定時のお茶?とやらを出す予定なのか、微妙に不明だ。
ちょっと私が混乱しながら立ち尽くしていると、高井さんは手際よく田中さんの車椅子の向きを変えて、部屋の入り口へと向かっていた。
この階は車椅子の人が多いのかな?
廊下に出ると職員の人に車椅子を押されて奥の方へ向かっている入居者が数人ほど目に入った。自力で歩けないならお互いに席を離れた場所に連れて行けば、隔離状態をキープ出来るのかも?
そんなことを考えている間に、テーブルが幾つか置いてあるラウンジらしき場所に出て来た。
何人かは車椅子ではなく、歩行器で来たのか、椅子に座っていて横に歩行器らしき物が置いてある。
そこそこテーブルの間が離れているからこれで隔離状態って見做されているのかな?
なんかこう……圧倒的に女性が多いね。
入居者の男性は一人しか見当たらない。
女性の方が平均寿命が長いにしても、死ぬ数年前になって要介護度が上がって施設に入るんだったら年齢はまだしも男女比はほぼ五分五分になるだろうに。
これってやっぱ、男性は要介護度が上がっても妻が面倒をみるから施設に入らないのかな?
まあ、ちょっとフラフラでも夫婦で二人暮らしだったらそのまま実家で過ごしているのに子供たちも強くは反対しないだろう。だけど片方が亡くなってしまって一人暮らしとなったら、介護が終わって緊張の糸が切れたら一気にボケるかもと言う心配もあるし、もしもの時の連絡とかも来にくくなるしってことで夫が先に亡くなって妻一人になると子供とかが施設に入るのを強く勧めるのかな?
こうやって見ると職員も女性が多い感じだね。呪師って男性の方が多い気がするんだけど。そうなると犯人はやっぱ素人?
でも、態々お金を払って自分の職場に入居している高齢者を呪まくるかね?
いや、考えてみたら田中さんは転嫁先にされているのだ。
これは素人のやったことでは無い。
女性の呪師だっているし、ここの職員にも男性はいる。一般論で決めつけるのは良くない。
そんな事を考えながら呪詛の線を目で追っていったら、ゼリー(多分?)を別の車椅子の老女に食べさせている中年の女性に辿り着いた。
女性か〜。
呪詛塗れなので確実に犯人だね。
ジロジロみていたらバレそうだから、隠密型のクルミを取り出して天井近くに飛ばし、視界共有して女性が老女から離れるのを待つ。
「いたわ。
あっちの窓際のテーブルで青いシャツを着たお婆さんにゼリーを食べさせている中年女性」
碧にそっと声を掛ける。
「あ〜。
あれは凄いね。
取り敢えず、出口は他には無いからここで待っていればいいんじゃない?」
瘴気が碧にも視えたのか、ちょっと顔を顰めながらラウンジを見回しながら碧が言った。
「あのお婆さんを食べさせ終わったら食器を持ってこっちに戻るか、他の人のゼリーを取りにこっちに来るだろうからその時に無力化しよう」
お婆さんは促されたら自分で食べ始めたから、他の人の所に行くのかな?
それとも喉を詰まらせたりしないようにそばで見張っている必要があるのだろうか。
「高井さん、犯人と思われる人がいました。
あちらで入居者の世話をしているので、こちらに近付いてきたら無力化しますから警察がくるまでどこかの個室に隔離する手配をお願いします」
そっと低い声で高井さんにお願いする。
ぎりっと歯を食いしばった高井さんが頷き、他の職員に田中さんを任せて奥の電話の方に行ってなにやら内線で(多分)話し始めた。
考えてみたら、私らも田端氏か遠藤氏に連絡を入れておくべきだった?
いや、プロの呪師か質の悪い素人か、確定してから連絡する方が良いよね?
クルミ経由で見ていたら、何やら老女に話しかけて腕を軽く摩ったあと、女性が立ち上がって他の人用のゼリーが置いてあるラウンジのこちら側にあるテーブルに近づいて来た。
「あ、すいませ〜ん」
女性が近づいてきたところで、入居者たちを人質に取るような動きをさせないように後ろを塞ぐような場所取りをしながら声をかける。
「はい?」
ちょっと面倒くさそうな顔をしながらゼリーを手に取った女性がこちらを見た。
「一瞬だけ、お時間を頂けます?」
碧がすっと近付き、手に触れたら女性から力が抜けて倒れ掛けたので、側にあった椅子へ座らせる感じに押し込む。
ここで拘束する訳にはいかないから、沢山ありそうな車椅子を一つ借りて、どこか個室に運び込みたいんだけど。
高井さん、内線で手配が終わったんだったらびっくりした顔で見ているだけじゃなくて、手伝って!!




