穴二つ
「私、執事を任されております中田と申します。
本日はお嬢様の為に忙しい中をありがとうございます」
中年女性が自己紹介してお辞儀した。
おお〜。
なんか、執事って男か、せめてパンツスーツ姿の男装女性と言うイメージがあったから普通にスカートを穿いた中年女性は家政婦だと思っちゃったよ。
・・・考えてみたら、家政婦と執事ってどのくらい責任範囲が違うんだろ?
欧米とかでは歴史的経緯もあってしっかりと家政婦や執事の職務範囲って決まっているらしいけど、日本は微妙な気がする。
昔からの富裕層とかだったらしっかり決まっているんかね?
戦前ぐらいまでは召使いとか住み込みのお手伝いさんとかいる家もそれなりにあったらしいけど。執事って言う職務は酒や食器の管理プラス他の使用人の監督とかだと聞いた気がするが、日本だったら家政婦のトップでも同じ事をやっていそうだ。
まあ、それはさておき。
呪われたのは家の主人じゃなくて家族か。
どう言う恨み関係で呪われたのか分かっている方が解呪しやすい場合もあるのだが、黒塗り車に主人の出迎え無しの状況を見る限り、何をやって恨まれたのかなんて情報は提供する気は無さそうだね。
取り敢えず、呪詛を受けた本人を見てみよう。
碧が慣れた感じで中田さんと対応し、さっさと被害者の所へと案内してもらった。
車を降りた所では目の前にある屋敷と周囲の壁、及び車寄せしか見えなかったのだが・・・。
家を囲った塀の中に車寄せがある個人宅という時点ででかい屋敷だと思っていたが、中に入ってみても想像以上に大きな家だった。
しかも家具や絵画とかもお上品な良い物っぽい。
私個人は高級家具なんかとは前世も今世も縁のない生活だったが、ここは前世の王宮で見た家具並とまでは言わなくても、かなり手間をかけて磨いた様子が見て取れるお洒落な家具が多かった。
かなりしっかりふわふわな絨毯を踏み締めて二階に上がり、左手の方へ曲がって大きな明るいベージュの扉の前に来て中田さんが足を止めた。
「お嬢様。
中田でございます。
退魔協会の方々がいらっしゃいました」
ノックと共に中田さんが声を掛け、弱々しい返事を待って扉を開けた。
おお〜。
ちゃんした執事さんは、ノックした後に返事を待つのか。
実家に住んでいた時なんて、ギャーギャー言ってやっと両親や休みに帰ってきた兄にドアをノックするよう習慣付けてもらったが、ノックするだけで返事をする前に扉を開けるのでイマイチあれって意味がなかったんだよねぇ。
やっぱりノックの後は待つのが正しいマナーだよね!!!
もしかしてこちらの世界って前世と常識が違うのかと思ったよ。
中に入ると、私達と同年齢ぐらいか・・・もう少し年上の女性がベッドに横たわっていた。
『お嬢様』って言うから中学生か高校生ぐらいを思い浮かべていたけど、そっか〜。
世帯主の娘だったら何歳だろうと『お嬢様』だよね!
まあ、幼い子よりも成人している大人の方が体力があるし、呪いで辛い思いをしてもトラウマになり難いから幸いと言ったところか。
さっと小さく頭を下げ、被害者に掛かっている術を調べる。
前世の呪詛は基本的に命を代償に、対象者を害する術だった。
勝手に他人の命を代償には出来ないので基本的に自分の命か、もしくは犠牲になる事を承諾した人間の命を使う。
等価交換の術が殆どなので、命を使って命を奪う、若しくは自分の身体の一部を捧げて他者の身体の一部を害すると言った感じだ。
基本的に後払い式が殆どなので、呪い殺す際に時間を掛けることで呪詛を掛けた人間は数年間普通に過ごし、その間に呪った対象に死を願うほどの苦しみを味合わせるのが呪殺師の腕の見せ所だった。
若しくは無くなっても構わない身体の一部(例えば小指一本)を捧げることで相手の男の象徴を害すると言ったような方法もあると聞いた。
今世の呪詛はそこまで完全な等価交換ではないらしい。
それなりに生体エネルギーを捧げるので寿命は短くなるが、モロに命を掛ける形ではない。代わりに返された時のダメージを倍にすると約束する契約形態だと碧に教わったが・・・。
どうやらこの女性は相手の死を願う程の呪いは掛けなかったらしい。
呪詛返しを受けてもまだ生きているのだから。
「あ〜。これだったら碧が浄化しちゃって良いよ」
じっくりと女性にへばり付いている呪詛の構造を調べ、単なる返しでしか無いのを確認して碧に声を掛ける。
「え?良いの?
死にそうなぐらいきつい呪詛は返したらヤバいかもよ?」
碧が小声で聞いてきた。
「だってこれ、呪詛返しだから。これを浄化しても更に返ったりはしないよ」
碧には呪詛と呪詛返しの違いが分からないのかな?
ちょっと意外なんだが。