呪師??
「正木さん、具合はどうですか〜?」
高井さんが声を掛けながら部屋に入っていく。
「なんかこう、もっと早く治る薬を注射して貰えないのかしら?
医者の訪問治療もここの売りでしょう?」
奥の方の部屋から不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「体内の水分とミネラルバランスを正す必要があるので、インフルエンザみたいに特効薬を一本注射して終わりという訳にはいかないんですよ。
だからこれからも水分補給はこまめにやりましょうね〜」
高井さんがベッド元の水差しをチェックし、正木さんとやらの熱を確認してベッドサイドに置いてあるクリップボードへ何やら書き込みながら応じている。
少なくとも、この入居者はボケてはいないみたいだね。
客(入居者)としてはちょっと面倒なタイプかもだけど。
というか、面倒なタイプだからこそ、呪詛なんぞ掛けられたのかも?
殺そうとしたのか、単に暑い寒いと文句を言ってくるのを止めたかったのかは知らないけど。
クーラーのリモコンが手元にあれば温度調整なんて好きにできるんだから、やっぱ何らかの理由で殺そうと決心するような事でもあったのかな?
大量に熱中症患者が出たという話だから、手当たり次第に呪ったのだろう。無差別大量殺人未遂って感じだ。暑さ寒さを感じない呪詛が大量に返ってくると、どうなるんだろうね。
温度を感じないってそれこそ熱中症とかに注意しなきゃだけど、意外と実害はないのかも?
まあ、今の猛暑ずくめな日々ではうっかり熱中症で死んじゃうリスクはかなり高そうだけど。
そんなことを考えながら、出来るだけ正木さんとやらの視界に入らない角度で近付き、呪詛を確認する。
転嫁付きで……大元の呪詛を掛けた人は下の方にいるね。
まあ、ここが最上階なんだから下にいる確率が80%以上なんだろうけど。
取り敢えず、他にも沢山呪詛に掛かった人がいるんだから、もう一度戻ってくるのは面倒だから呪詛を返しちゃっておこうかな。
そう考えつつ、呪詛のリンクを辿っていく。
転嫁付きだと呪詛を掛けた相手へのリンクが細くなりがちなので追うのも疲れるのだが、なんと言っても同じ建物内だからね。そっと追っていってあっさり相手に一瞬触れられた。
なんかかなり瘴気塗れな人だね??
もしかして、呪師見習いとか落ちこぼれが一人前になるのを諦めて、介護施設で働き始めたの??
一応それほど悪くはない呪詛で返しの転嫁まで付けれるのに。
そんな呪詛が掛けられるのに、介護施設で働いているのは不思議だ。
それとも、人生の終わりが近い人を呪詛返しの転嫁先として利用するためにここで働いている?
碌に歩けない人じゃあ神社へ厄落としをしに行くことはないし、不調になっても歳だからと誰も真剣に原因を探ろうとしなくて、呪詛だなんて疑う人も少ない筈。
そう考えると、ここは呪詛の転嫁先をひたすら入手できる良い場所かもだけど……なんでそれで入居者に暑さ寒さを感じない呪詛なんて掛けたんだろ?
一人狙うならまだしも、多数じゃあ依頼では無いでしょうに。
事前のプランとしては、転嫁付き呪詛を掛けられた人は確認作業中についでに解呪しちゃおうと思っていた。呪詛を掛けたのが呪詛を大量に掛ける手段をネットででも購入した素人だったら呪詛返しを受けたら動けなくなるか、気付かないかのどちらかえあと思っていたら。だが、あれだけ瘴気塗れだと呪師の可能性も高い。
下手に返して退魔師が呪詛の対処に呼ばれたと気付かれて逃げられると面倒だから、先に呪師の場所を特定して確保してからの方が無難そうだ。
この角度で見ると2階か3階っぽい印象だから、取り敢えず3階に降りていってそこでまた別の被害者から呪詛を辿ろう。
正木さんとやらとのやりとりが終わったらしき高井さんがこちらを見たので、玄関の方へ頷いて見せて、先に外へ出る。
「呪詛を掛けた人間が建物内にいるようですね。
もう少し近づいて場所を確定させたいので、3階に降りたいです」
玄関を閉めて施錠を確認している高井さんに伝える。
「やはり中に居ますかぁ。
何かのアクシデントか偶然かであると良いのにと期待していたんですけどねぇ」
高井さんが悲しげにため息を吐いた。
確かに職場の同僚が誰かの死に繋がりかねない悪意ある行動をしたなんて、考えるのも嫌だよね。
とは言え、呪詛の転移先に利用するためにここで働いているとしたら更に酷いことをやっている可能性もあるんだけどね。
まずは3階に降りて、呪師(推定)を捕まえよう。