顔認証とは凄い
「今回の件では元気で自立度の高い方が軒並み体調を崩されたことから発覚しました」
小さめな会議室に案内されて、所長さん(菅原さんと自己紹介された)が状況の説明を始めた。
「要介護状態の寝たきりな方は呪詛を掛けられていなかったのですか?」
碧が尋ねる。
「いえ、要介護度が高い方は温度に対して鈍感になっている事が多いですし、食事に際して自分から部屋を出てこない方の場合は職員が部屋まで迎えにいくので。その時に職員がクーラーの設定温度を少し下げましょうと提案していたので、熱中症にならなかったのです。
ですが退魔協会の調査員の方が一応の為に何人か確認したところ、残念ながら呪詛を掛けられている方も居たとのことでした」
所長さんがため息を吐きながら教えてくれた。
なるほど、こう言う高齢者用施設に入っているのって自分一人で暮らせないぐらい衰えた人だけって訳じゃないんだね。
一軒家に住んでいる老夫婦が体力的に難しいと感じた際に、マンションに引っ越す代わりに高齢者用施設に入る事もあるのかな?
寝たきり一歩手前とか、ボケちゃった人しか入っていないのかと思ったけど、『ホテルライクな高齢者用住居』みたいな広告も見かけるし、お金持ちな高齢者だったらホテルっぽい楽な暮らしも選択肢の一つなんだろうね。
何と言っても死後の世界に貯金は持っていけないのだ。
折角稼いだお金は居心地良く暮らすために使うのもありだろう。
あまり至れり尽くせりなところに入って掃除や料理や買い物などを全部やって貰う事になったら早くボケそうな気もするけど。
とは言え、家事をやってきた女性が認知症になって夫が介護に苦労するなんて事もあるんだから、家事をやる=ボケないじゃ無いし、やらなきゃボケるって訳でもないか。
「寝込んでいる方以外を集めて貰ってざっと確認し、呪詛にかかった方を別室に呼ぶ様な感じで調査してもいいですか?」
どう言う口実で入居者全員を集め、仕分けするのかちょっと思い付けないけど。
「いえ、出来れば個々の部屋を順番に回って頂けますか?
現在、感染病が流行っている可能性があると言うことにしていますので」
所長さんが言った。
まあ、自立して元気な部類だった入居者がバタバタ倒れたんだったら何か病気が流行っていると認めて『感染対策をしています』と言った方が安心か。
『呪詛を大量にばら撒かれたせいで皆さんが自滅しています』と言う方がよっぽど不安をかき立てそうだ。
「分かりました。今日中に終わるかは不明ですが、順に見ていきましょう。
呪詛を掛けた人間を見つけるのが最優先、犯人を確保できた後は解呪ですね?」
犯人が施設内にいれば良いけど。
「お願いします。
何人かは今日が出勤日でない者もいますが、14時から臨時のミーティングがあるという事で職員もほぼ全員集めてありますので」
所長さんが頭を下げながら言った。
ふむ。
犯人は入居者じゃなくて職員の一人だと思っているんだ?
まあ、寝たきりの人とか要介護度の高い人まで呪詛を掛けられているとしたら、普通の入居者じゃあそんな人に接触する機会はないか。
「まずは熱中症で寝込んだ方の部屋から行きましょうか。
こちらの高井が案内します」
所長さんがそばで待機していた初老の女性を示しながら言った。
流石に所長さんには案内について回る暇はないらしい。
というか、所長さんが全員の部屋を回っていたら、色々と憶測を呼び起こしそうだしね。
「この施設では5階が一番上なのです。上と言うのは景色が良くて人気なのですが、最近の猛暑だと直射日光でたっぷり熱を吸収した屋上からの熱が伝わりやすいらしく、夜の間だけでもクーラーを切ると35度を超えるような温度になってしまうようなんですよ」
エレベーターで5階に上がりながら高井さんが教えてくれた。
なるほど。
最上階って見晴らしが良いし上の住民の足音とかが聞こえなくて快適そうと思っていたけど、最近の猛暑では電気代がバカ高くなりそうなんだね。
考えてみたら、うちのマンションの大家さんも最上階に住んでるから、苦労しているのかな?
あそこもお年らしいから、熱中症で倒れないと良いけど。
オーナーが変わったから家賃を急にあげますとか、管理が悪くなるとかは困る。
5階のエレベーターを出た廊下は、カーペット張りなまるでホテルの様な見た目だった。
高級マンションみたい?
高齢者施設だよね、ここ??
最近の高齢者施設ってお洒落なんだねぇ。
『ホテルライクな高齢者用施設』の広告を時折見掛けるが、ここもそんな感じなのかな?
501と書かれた部屋の前で高井さんが立ち止まり、ノックをしてからカメラっぽいのの前で目を合わせるような感じで立ち止まると、一瞬してから解錠の音がした。
え??
顔認証式の鍵??
めっちゃハイテクだね?!
確かに職員と部屋の住民だけ登録しておけば、他の入居者とか訪問者を疑わなくて済むから、ある意味職員にとっても抑止力になるかもだけど。
これだけ素敵なところに入っているとしたらお金とか高額な装飾品や腕時計とかを持っていそうだから、盗難は頭が痛い問題かも。
それでも顔認証の鍵とは恐れ入った。
ここは以前依頼で行ったところとはランクが違う様だ。




