心頭を滅却しても……?
「今年と去年の夏がバカみたいに暑いのはちょっと例外的なんだって〜」
ネットに書いてあった記事を読んで、碧に声をかける。
「え、温暖化のせいなんじゃないの?」
碧がむにゅむにゅ押していた源之助の肉球から手を離してこちらに向いた。
「なんでも、温暖化が起きているせいで暑くなりやすいのは事実なんだけど、去年や今年の猛暑は30年に一度の例外的猛暑らしいね。
これが温暖化が起きてなかったら1万年に一度ぐらいの猛暑だったらしいから、温暖化のせいではあるけど、今年と去年の猛暑はまだ例外であって毎年続く訳ではないみたい?」
1回限りならまだしも2年連続で滅茶苦茶な猛暑が続いたから、もうこれからはずっとこうなるんだ〜と密かに絶望していたんだけど、30年に一度なら来年はもう少しまともな暮らしやすい夏になる……のかな?
「え、マジ??
温暖化自体がめっちゃ迷惑だけど、来年はもう少し涼しいかもと思うと少し希望を持てるね。
このペースで暑くなっていったら私らが老後を迎える前に、人類が死に絶えそうじゃないかと密かに思っていたんだよね〜」
碧がちょっと苦笑しながら言った。
「だよねぇ。
温暖化を避けるために化石燃料を燃やすな〜って話だったのに、暑すぎるからクーラーをガンガン動かすために発電所をフル活動ってヤバそうだし、更にアメリカの大統領が温暖化対策とか二酸化炭素の排出をネットゼロにするのを目指す企業に制裁を下すような言動をしているから、マジで世界がやばいんじゃ無い??って私も思い始めてた」
熱中症で死なない為にクーラーをつけろと言われるけど、それで温暖化が更に進むんじゃあ自爆というか、自滅への行進って感じだよね。
レミングが海に飛び込むのって集団自殺だと思われていたが、実はあれは単に数が増えすぎていたから移住先を求めて移動している最中ってだけだったってどこかで読んだけど、現時点での人間の自滅行為はそういう前向きな面が無いからなぁ。
来年が涼しくなると真剣にマジで期待したいわ〜。
「まあ、学者が色々とデータをこねくり回して発表したことが絶対に正しいとは限らないけどね。
取り敢えず。
本当にヤバかったらそのうち白龍さまに北極海をがっつり凍らせて貰えないか、相談しようかと思っていたんだけど。必要ないかな?」
碧が笑いながら言った。
「あ〜。
そういえば、数年後には北極海の氷が無くなるかもなんて最近どっかに記事が出てたよねぇ。
とは言っても、あまり急激な冷却はそれこそ海流に何か悪い影響を与えて何年か前に公開された自然災害系映画みたいに、海流が止まって地球の環境を大幅に破壊しちゃうかもだけど」
北極海の氷が無くなったらそれはそれでヤバそうだから、氷が無くなるぐらいだったらガッツリあそこを冷やすリスクを取っても良いかもと思うけどね。
白龍さまに頼む前にどこかの科学者にそこら辺のシミュレーションをして貰いたい気もするが、シミュレーションが正しいかは分からないし、白龍さまがシミュレーションで『最適』って計算された結果を出せるかも不明だ。
それに碧が世界を救える(もしくは壊せる)存在を動かせると権力者に知られるのは危険すぎるしなぁ。
願わくは、そんな一か八かな賭けをしなくて済むと期待しよう。
そんな事を考えていたら、電話が鳴った。
また退魔協会の着信音だ。
夏休みなせいか、最近ちょっと依頼が多いね。
暑いからあまり外に出たくないんだけど。
碧が電話のスピーカーボタンを押す。
『お世話になっております、退魔協会の遠藤です。
実は先日、とある高齢者用施設で熱中症患者が大量発生しまして』
遠藤氏の声が電話から流れてきた。
「クーラーの故障なのでは?
それとも集団で呪詛でも掛けられたんですか?」
悪霊って温度を下げる傾向があるから、熱中症にはならないと思う。
呪詛で熱中症になるっていうのもあまり聞いたことはないけど。
『どうも暑さや寒さをあまり感じななくなる呪詛が住民のかなりの数に掛けられたようでして。
お陰で、暑さを感じないのでクーラーを切ってしまった高齢者が多かったらしいです』
遠藤氏が説明してくれた。
なるほど?
熱中症になる呪詛ではなく、暑さを感じさせない事で間接的に熱中症を引き起こしたんだ?
昔は『心頭を滅却すれば火も自ずから涼し』なんて考えもあったが、下手をしたら気温が四十度を超える今の天候だったら熱中症で死んじゃうよね。
と言うか、多分昔の諺の火って気温の暑さじゃなくて火事とか戦争みたいな危機的状況を示していた可能性が高いと思うけど。
大量に呪詛被害者が出たのかぁ。一々転嫁を確認しつつ返すのは大変そうだけど、時間を掛けて頑張れなんて言われたら嫌だなぁ。




