うら若き乙女
「何か出てきたの?」
前田さんと碧のところに戻ってきた私に、碧が低い声で尋ねた。
秘密にしなきゃいけない内容だと思っていたのではなく、単に前田さんがまだ携帯で通話中だったから邪魔にならない様に声を小さくしただけどさ。他の職業だったら遺体の一部が出てきたなんてそれこそ声を潜めて隠蔽しなきゃいけないような情報だけど、この仕事だったら然程珍しく無いからねぇ。
……うら若き乙女にはあっちゃいけない状況な気もするけど。まあ、それを言うなら地縛霊だった女性達も生前はうら若き女性だったのだ。殺されるなんて更に遭遇しちゃいけない悲劇だったね。
残念ながら、霊が問題を起こしてから呼ばれる私たちが出来る事って、基本的に既に手遅れになってからの事後処理だけなんだけど。
「骨の欠片が地面から露出してた。
後ろの竹林をしっかり間伐してないのか、もしくはこないだの大雨で地盤が緩んでいたのか、少し防空壕の辺も土が緩んでいるみたい?
しっかり骨を全部取り出して弔った後は、うっかりあそこが崩れない様に補強した方が良さげだね」
遺体さえちゃんと弔ってくれええば、私らが口出しする話ではないけど。
「うわ、骨が出てたの??
うっかり家の工事の最中に誰かが蹴り折ったり重機で砕いたりしたら悪霊化して戻って来かねないね」
碧が顔を顰めながら言った。
そうなんだよねぇ。
それこそ、碧がガッツリ清めの祝詞を唱えて浄化したら周囲が完全浄化されて骨が実質石扱いになり、何をしても霊が悪霊化しない可能性もある。だが今回は依頼主が一緒にいたし、そこまで危険な地縛霊ではない様だったので私が全部やったから、そこまでピッカピカに清められてはいないのだ。
「と言うかさ、こんなバスじゃなきゃ最寄り駅に行けない様な陸の孤島に住むよりは、もう少し便利なところにある高齢者用施設に入れば良いのにね。
バスじゃあ出歩くハードルが高いでしょうに。
かと言ってタクシーだってただでさえ少ないのにこれから更に減るみたいだし」
実際、さっきからバス通りを見ているのに、タクシーが殆ど通っていない。都内だともっと見かけるんだけど、郊外だと少ないんだね。
アプリや電話で呼べばそのうち来るんだろうけど、これだけタクシー密度が低い場所じゃあ呼んだところで近くに居なくて待たされそうだ。
まあ、それでもバスよりは早い可能性が高いが。
「バスは揺れるからねぇ。
確実に座れるならいいけど、古い住宅地で老人が多いとなるとシルバーシートも高齢者同士で取り合いになりそう」
碧が周囲の建物を見回しながら言った。
確かに。ここら辺は戸建てやアパートが多いが、どれもそれなりに古そう?
それこそ、高度成長期辺りにバスが通って宅地開発された時に越して来た若かった住民達の年齢層も、今となってはかなり高めだろう。最初の住民達の大多数が次世代に家を譲って既に高齢者施設に入っているので無い限り、バスの利用者の平均年齢も高そうだ。
だけど、なんでバス通りを挟んでこっち側は基本的に畑で、あちら側は一面住宅地なんだろう?
あちらが駅側であるのは事実だが、駅から車で10分以上なロケーションだった道のこちらとあちらの違いなんて微々たるものなんだから、こっち側も宅地化すれば良かったのに。
前田さんのお父さんかお祖父さんががんとして土地を売るのを拒否したのか、もしくは何らかの理由で宅地開発の認可が降りなかったのか。
掘り下げたらちょっとした政治の闇も見えてきそう。
「取り敢えず、今井さんに関する資料を見つけておいてくれ!
警察にちゃんと提出しないと、親父が犯人だったのではなんて噂が流れたら佳奈の結婚に差し支える!」
前田さんが携帯に向かって怒鳴りつけ、通話を切った。
固定電話みたいにガシャ!と受話器を叩きつけられないから、携帯って喧嘩をした時に思い切りよく通話が切れないのが残念だよね。
「何か分かりましたか?」
前田さんに尋ねる。
「兄も今井さんの事を漠然とは覚えているが、彼に対する支払い記録や履歴書や人事記録を見つけるのは至難の技だと言っていましてね」
前田さんが顔を顰めながら言った。
そっか、犯人が実在した証拠が欲しいのか。
確かに40〜50年も前じゃあ記録も殆どなさそう。
その頃じゃあ銀行振り込みじゃなくて封筒に入った現金を渡していそうだから、通帳を見つけ出してきても駄目だし。
「頑張って頂きたところですね。
ところで。あちらに被害者の方の骨が一部、土から露出しているのですが」
済まなそうな顔を作って問題の箇所の方を手で示す。
「骨、ですかぁ」
ガックリきたように前田さんが応じる。
遺体が埋まっているのはさっき言っておいたよね?
「ええ、どうも防空壕あたりの土が緩んでいるのか地盤が崩れてきていたようですね」
その保全費用はお兄さんと前田さんのどちらが払うのか知らないけど。
中々デリケートな問題だよねぇ。