既に終わってた
「ちょっと霊と話してきます」
前田さんに断り、周囲の穢れを払いながら後ろの小高くなって竹林が生えている敷地寄りな方へと行く。怨霊化してても穢れが祓われると理性が戻りやすいからね。
更地にされて何も無い場所に20代後半ぐらいな女性の霊が俯いて立っているので、側に行って念話で声を掛けた。
『お名前を聞いても良いかしら?
私は長谷川 凛。退魔師なの。貴女が昇天するのを手伝う為に呼ばれて来たんだけど、貴女や奥の人たちを殺した人が分かっていて、まだ生きているなら何らかの報復手段を取るのを手伝っても良いわよ?』
物置を撤去して遺骨を発見させた上に退魔協会へ依頼を出しているのだから、前田さんは加害者と縁が無いと思われる。中年な前田さんがいつからここに住んでいるのか知らないが、事件が起きたのが20〜30年ぐらい前だと考えるとその前に犯された殺人事件ならば時効を過ぎちゃっている可能性が高いかも? 確か昔は殺人にも時効があったんだよね?
そうなると法の裁きを受けさせるのは難しいだろうが、少なくとも犯人が生きているならば地縛霊達をこの場から解放して昇天させる前に、加害者へ恨みをぶつける機会をあげるぐらいは出来る。
まあ、加害者に取り憑いていない時点で相手は既に死んでるか、どこに居るのか分からないかな可能性が高いけど。
『私はキョウコ。
あのクソ男に殺されたの。でも死んだ後にここに居た他の女性たちと一緒になって脅したら、びっくりして逃げ出そうとしてバスに轢かれて死んだから、アイツはもう居ないわ』
にぃっと笑いながらキョウコさんが言った。
おおう。
恨みがより強かったのか、キョウコさんが霊感のあるタイプで死後にそれを活用出来たのか、はたまた死者達の恨みが閾値を超えて現実に干渉出来るレベルになったのか。
何が原因だったのかは不明だが、五人目のキョウコさんが殺された時点で加害者を脅せる程度の現象は起こせるようになり、偶然だったのか計画したのか知らないが加害者は脅されて逃げる際にバス通りに飛び出して交通事故で死んだらしい。
道を確認したらそいつの地縛霊もいるのかな?
まあ、ちょっとした交通事故だとあっさり昇天しちゃう霊の方が多いから、探しても居なそう。
『そう。
死んじゃったのは残念かもだけど、やり返せて良かったわね。
誰かに何か伝えたいとか、心残りがあるの?』
殺されて比較的直ぐに報復できたならそのまま昇天すれば良かったのに。
流石に取り憑いて祟り殺していたら昇天は厳しいかもだが、脅かした結果としてバスに轢かれたのだったらギリギリOKだったと思う。
昇天しなかったと言う事は、何か心残りがあった可能性が高い。
『クラブの同僚に素敵なジャケットを借りたままだったの。
返せなかったのが気になってつい残っちゃったけど、どうしようも無いわよね。
なんかここにいる間に後ろのお姉さんたちと一緒になって金も技能もない女の恨み辛みを世の中に分からせたくなってどんどん暗くなっていったんだけど、考えてみたら心残りとはちょっと違うかも』
キョウコさんが少し首を傾げながら言った。
ありゃぁ。
借り物はどうしようもないねぇ。
クラブってことは夜の華的な仕事をしていたんだと思うから、その同僚を今更見つけるのは無理だろうし、キョウコさんの遺品もとっくのとうに処分されて無くなっているだろう。
何十年も前のジャケットを今更返されても着れないし。
『そっか。
ちなみに埋葬される時に名前は『キョウコ』で良いの? 苗字はどうする?』
恵まれない状況だった女性なら親の苗字を捨てたいって人もいるからね。
覚えていない可能性もあるし。
遺骨を使ってもっと良い状態での召喚をすれば名前も分かると思うが、拘りを見せない限り、必要はないかなぁ。
『キョウコでいいわ。
どうせ無縁仏として共同墓地に骨を埋めるだけでしょ?
今ここで上へ送ってくれるなら私がそれを見る訳でもないんだし』
あっさりキョウコさんが返した。
割り切ってるね〜。
まあ、良いや。
「では、キョウコさん。
さようなら。安らかに眠ってね」
そう言いながら、魔力を込めてキョウコさんの霊を昇天させる。
さて。
一人はこれで終わったけど、残り四人がまだ残ってるんだよねぇ。
裏のちょっと高台っぽくなっている竹林の下にある防空壕だったらしき穴を掘り起こすのに時間が掛かりそうだが、骨を掘り起こすまで待つのも嫌だからなぁ。
出来るだけ近くに寄って、話を聞けるだけ聞いたら昇天させちゃうか。
「そちらは工事には関係ないんですけど……」
キョウコさんが居たところから奥に進み始めた私に、前田さんが困惑したように声を掛けてくる。
おっと。
先に説明して、そこら辺を掘り起こさせる手配を始めさせないとだね。
掘り返すよう説得する前に祓っちゃって、言い掛かりだと言われても骨を放置されても可哀想だ。