嫁姑争いの余波
「お盆の最中にありがとうございます」
依頼主の中年の男性(前田さんと自己紹介された)に頭を下げられつつ、来る途中に見た竹林を切り取ったような更地へ案内される。
「ここは今までは物置として普通に使えていたのですか?」
物置として問題なく使えていたのに掘り起こした後から問題が起きたとなると、もしかしたら物置を掘り起こす際に慰霊碑的な何かを物置の残骸と一緒に壊した可能性がある。まあ、もう何も残されていないから、慰霊碑的な何かがあったと分かったところでそれを利用できる訳ではないけど。
今までにも霊障っぽい何かが敏感な人には感じられていて、物置も真昼間の晴れの日しか使わないような微妙な扱いだったとしたら……ずっと霊は安寧を祈られる事なく放置されてきたんだろうね。
どちらにせよ、そんな場所を離れにして新しく住む人はちょっと不幸な気もしないでもない。
とは言え、碧を引き当てたんだからほぼ確実に綺麗になって問題は無くなるから、不幸ではなく幸運に極振りと言えるかも?
それはさておき。
「物置と言っても壊れた粗大ゴミに出すのが面倒だった道具を放り込んで置く程度の場所でしたね。
戦時中に防空壕があった辺りを埋めるついでに作った物置だったという話ですし。
今回、本家で兄と暮らしていた母が義姉と喧嘩して出てきて、ウチに住むスペースがないからあそこに離れを作れば良いと兄が金を出してくれることになったんですけど……」
困ったもんだといいたげにため息を吐きながら前田さんが教えてくれた。
うわぁ。嫁姑争いの余波ですか〜。下手をしたら嫁か姑どちらかの生霊が工事現場で悪さをしている可能性もあるじゃん。
しかも、こんな何もないところも防空壕なんて作ってたんだ??
まあ、一応空襲があったら逸れた爆撃機が帰るために適当に爆弾を落とす危険性はあるから、露骨に狙われる場所じゃなくても防空壕に入っておくほうが無難だったのかもだけど。
防空壕の跡って事は死骸がちゃんと弔われずに埋められた可能性もあるのかもだね。
あまり物置が活用されてこなかったのは土地が余っている郊外だからだったからなのか、霊障や穢れがあったからなのかは微妙に不明だけど。
で、嫁姑争いで負けたらしき母親が追い出されてこちらにきて、ここでも前田さん家族と一緒に住むのは多分こっちの嫁が拒否したから長男で本家を継いだ(ついでに多めに遺産を貰ったんだろうね)兄が離れを建てる資金を出すって事になったのね〜。
なんかこう。
嫁二人に拒絶されているお母さんがよっぽどキツくて一緒に暮らし難い性格なのか、嫁運が非常に悪い不幸な方なのか。どちらなんだろうね?
どちらのケースにせよ、ヤバげな霊障が起きて退魔師が呼ばれるような場所に離れを作って住めば良いと言われたって言うのはちょっと可哀想な気がする。
最近、高齢女性関係の案件が多いねぇ。まあ、今回はまだ生きてるけど。
若い人だったら余程の事情が無ければ霊障がありそうなヤバいところに無理に住もうとしないから、どうしても高齢者の方が霊障系の案件に関わる事が多いのかな?
無理に家族のそばに住もうとせずに、高齢者用施設にでも入れば良いのに。
家を一軒建てるお金を掛けるなら、それなりに良いサービス付き高齢者用施設に入れそう。
そこでも本人の行動次第では周囲から嫌われて孤立するかもだけど、こんな周りに何もないところに隔離されるよりはマシじゃない?
ここじゃあ出掛けるのも一苦労だし、人間関係もやっぱ現役世代の妻の方が強そうだし。
高齢者施設だったら客って事でワガママ言ってもそれなりに対処してくれるだろうに。
かなり不便なところっぽいけど、車で西の方へ15分ぐらい進んだら市営地下鉄が通っているっぽいんだよね。本家がそっちの辺の地主だとしたら、金はそれなりにありそう。
まあ、私らの知ったこっちゃないけど。
取り敢えずはまず、どの霊が何に怒っているのか確認してみよう。
案内された更地の中心部に立って、魔力視で周囲を確かめる。
「あらま」
防空壕で死んだ人間だとしたら焼け死んだとか爆弾で吹き飛んだって事になるからそっち系の死の瞬間を引き摺った霊が居るかと思っていたのだが。
殴られて痣だらけになって血がダラダラ流れている女性の霊が4……いや、五人、恨めしげに虚空を睨みながら竹林近くの地面のそばに沈んでいる。
あっちの方に防空壕があるのかな?
どう考えても空襲で死んだのでは無さげだが。
物置の下から出てきた死骸って、人殺しをやめて防空壕を物置で塞いだ後に、殺人衝動を我慢できなくてもう一人殺した際の被害者なのかな?
一人離れて佇んでる霊もタイプは同じっぽいから、加害者は多分同じ人間な可能性が高そう。
一体いつの事件なんだろ?
取り敢えず。
そっちの竹林のそばの防空壕があった場所とやらも掘り返さないとだね。