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きっかけ

「すいません。

 金子友紀と申します。

 実は母が1ヶ月ほど前の亡くなったのですが……あまりにも疲れていて、また親の死後の手続きとかをしなきゃいけないかと思うとウンザリしちゃって、つい遺体を冷凍庫に突っ込んで見なかったフリをしちゃったんです。

 これって死体遺棄……か何か、違法行為ですよね?

 今日は自首に来ました」

 女性(金子さんって言うんだね)が総合受付の若い男性に歩み寄り、あっさり自首したのがハネナガ経由で聞こえた。

 普段は視界共有だけなんだけど、音も一応その気になれば聞こえる。

 ちょっと魔力の使用量が増えるんだけどね。

 でも、これは耳を澄まさずにはいられないから!!


「は? え?? お母様の??」

 驚いた若い男性がワタワタと意味もなく手を振りながら声を上げる。


 それを見た入り口近くで案内役をしていた、もっと年のいった男性がそばに寄って来て話を確認した。

 かなりのお年な見た目だから、定年後に継続雇用を希望した人なのかな?

 実際の殺人とか窃盗事件とかに関わらせるのは微妙って事で受付案内の手伝いとかしてるのかも?

 まあ、単なる偶然かもだけど。


 結局、奥の部屋で身分証明書を確認して簡単に話を聞いた後、実際に遺体を確認しないことにはどうしようもないと言うことで、比較的すぐ後に金子さんは別の警官二人と一緒のパトカーでマンションに向かっていた。


 パトカーの中で話を聞くのはダメなのか、車の中は静かだった。

 ハネナガはパトカーの上に陣取っていたので中は視えなかったけど、音は聞こえる筈なのに三人の息遣いしか聞こえず、中々気まずそ〜と思っているうちにあっという間もパトカーはマンションの横へ。

 駐車場のないマンションだが、パトカーだったら駐禁を取られることもないから大丈夫なんだろうね〜と思っていたら、警官二人と金子さんを下ろしたらパトカーは去っていった。

 帰りは自力で歩けってこと??

 後で迎えに来るのかな?


 三人は10階に上がり、若い警官が冷凍庫を開けて中を確認。

「高齢女性の遺体を確認しました。

 目視できる範囲では外傷は無いようです」

 まだガチガチに凍っているせいで体を動かせないみたいだから絶対にどこにも外傷がないとは言い切れないんだね。

 でもまあ、少なくとも服に血はついてないし、首を絞めたとか頭を殴られた感じの跡はなかったようだ。

 これって転んで死んだのじゃなくて良かったね。

 下手な外傷があったら殺人犯にされかねなかっただろう。


 若い方の警官がどこかに連絡を入れて、遺体の引き取りを手配していた。

 検視とかもするんだろうなぁ。

 その間に中年の警官がダイニングテーブルに座って金子さんから事情聴取を始める。

 金子さんはお茶を出そうとしていたが、流石に容疑者(?)からお茶を出してもらう訳にはいかないのか、断られていた。


「母は昭和の女と言うか、父と共に男尊女卑で徹底して長男の兄を優遇する人でした。

 お陰で大学も行かせて貰えず、高校を卒業したら父の知り合いの息子に紹介されて結婚することになりました。断るなんてあり得ないと言う雰囲気でお見合いに行かされて結婚してみたらそいつは酒を飲むと暴力を振るう様な人間クズだったんです。なのに、離婚しようとしても協力してくれず。

 酔っ払った際に殴られて階段から落ちて子供が流れてやっと離婚できたのですが、高卒の女では働く先も碌になく、それでもなんとかアパートに一人で暮らしていたら3年前に父が亡くなりました。

 そうしたら母が葬儀の手配や諸々の手続きを何一つしようとしないで私に押し付けた癖に、私の法定相続分まで放棄して兄に譲れと言い出して。

 兄はそんな母に、母の世話を見る気は無いから自分は相続を放棄するからそのお金で施設に入ってくれと言って葬儀が終わったらあっという間に姿を消してしまいました。

 私だって介護は御免でしたが、ここで相続放棄したって報われる訳がないのは分かっていましたから、散々母に強欲だと貶されながらも法定相続分を受け取ってここの3階に部屋を買ったんです。

 死後の手続きは全部私に押し付けられ、やっとそれが終わったと思ったら、母がこの部屋を買って越して来ました。

 どうやら家政婦さんに介護をするつもりはないと辞められてしまったようですね。

 実家を売る手続きや中にあった物の始末も私にやれと言ってきた時は本当に母を殴りたいと思いましたが、ちょうど定年の時期だったので時間があったからやったんです。空き家状態で実家を放置してもご近所に迷惑が掛かりますから。

 当然、母には一度も礼を言われませんでしたけどね」

 金子さんが続ける。

 上の兄さんみたいにすっぱり切り捨てれば良かったのに。

 でもまあ、遺産放棄しなかったから、それが引け目になったのかね? 


「毎日母に貶されながらも食事を準備して、ネットで次から次へと使いもしない物を買う母の荷物をなんとか仕舞うようにして、無給の使用人の様にこき使われていたんです。だけどある日いつもの様に部屋に来たら、母がベッドに寝たままだったんです。

 触れたら冷たくて。

 やっとこれで毎日貶められる様な言葉を投げかけられながら、感謝もしない肉親の世話をしなくて済むと思うと嬉しかったんですが……また父の死後の様に葬儀の手配をしたり、山ほど書類を集めたりしなければと思うとなんかもう、立ち上がる気力もなくなっちゃって。

 結局、その日の夕方に母をシーツで包んで冷凍庫に押し込み、3日程ほぼ寝て過ごしたんです」

 金子さんが手を握りしめながら語った。

 なんかこう、鬱一歩手前だったって感じなのかな?

 娘さんのことをボロクソに言う癖に上の階に引っ越してくるなんて、介護を押し付ける気満載でちょっと寒気がするね。

 実家にいるなら介護ヘルパーを雇えとか、施設に入れとか言えば良いだろうけど、流石に自分の住んでいるマンションの上に来られたら切り捨てられなかったらしい。


「やっとベッドから出る気力が湧いて、もしかして夢だったのかもと思いながら上がってきたら、母がカチコチに凍っていて。

 ちょっとこれって不味いんじゃないかと思ったらなんかもう、動きが取れなくて。

 お陰でここ1ヶ月ほど、まるで母がまだ生きている様に毎日この部屋に通っていたんです」

 金子さんが言葉を切って深くため息を吐いた。


「ちなみに、今日はなぜ自首してきたんです?」

 おっさんの警官が尋ねる。

 そう、なんで??


「なんかこう。

 母が死んでからも、毎日この部屋に来ると私を貶す母の声が聞こえるような気がして、余計にそんな母の後始末をする気が起きなくなってずるずるとそのまま何もしていなかったんですが……。

 何故か。今日ここに来たら、静かだったんです。

 母の怨念みたいのが無くて、私を責めて貶す声も頭に響かず。

 母が死んで以来……いえ、物心ついてから初めてやっと自分一人の考えで母の『あるべき女の姿』に囚われずに動ける様になった気がしたんです。

 違法行為だろうが、母を殺した訳ではないですし、母の口座に入った年金はマンションの管理費や光熱費の様な母の生活費に使われただけで私が悪意を持って盗んでいた訳ではありません。

 これだったらそれほど重い罰は受けないかな?と期待して、さっさと自首して自分の生活に戻ろうと思えたんです」


 へぇぇぇ。

 もしかして、金子さんって霊の声が聞こえるか、ちょっとは感じられる人なのかな?

 うっかり老婆の霊と穢れを先に祓っちゃって失敗した?!と思ったけど、良い感じに金子さんを動かすきっかけになったみたいだね。



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― 新着の感想 ―
ひょっとして母親の死因は誰かに呪い返しされたからかも
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