感謝の念も大切だよ〜?
「じゃあバイバイ、リリちゃん。
また明日来るから、良い子にしててね〜」
ウェットフードを食べ終えたお皿を洗い、明日の朝食用の餌をタイマーで準備して美咲さんの部屋を出る。
リリちゃんは『もう帰るの??』と言いたげな視線と共にちょっと名残惜しげな顔をしていたが、玄関まで見送ってくれる程ではなかった。
明日は出迎えに来てくれるかなぁ?
そろそろブラッシングもしたいところなんだけど。
そのままエレベーターで10階へ。
『ハネナガ、ちょっと来てくれる?』
中の様子を確認したくなったので、ハネナガを喚び出す。
『どうした』
使い魔契約を使って召喚したので目の前にしゅわっとハネナガが現れた。
家で用がある時なんかは急がなければ声をかける感じで呼ぶから飛んで現れるんだけど、今日はちょっと時間がないので直接召喚した。
『ちょっとここの家の中に入って、視界を共有してくれる?
どんな様子になっているのか、確認したいから』
霊の姿とかが視えている方が離れた位置から除霊するのもやり易いし。
『良かろう』
魔力を受け取ったハネナガが徐に1002号室の玄関へ突っ込んでいく。
霊が壁や扉を突き抜けていく姿っていつ見ても微妙な感じだよなぁ。
便利なんだけど、ちょっとホラーゲームっぽい感じで。
1002号室は美咲さんの部屋の上なだけあって造りは同じだった。
ここも廊下に段ボールが積んである。
引っ越してきたばかりなのかな?
『ハネナガ、そっちの寝室に入ってみて?』
『うむ』
玄関を入ってすぐの寝室の中には棚が壁際にずらっと並んでいて、中にぎっしり服や物が詰まっている。
だらしなく床にゴミが散らばっている訳じゃあないけど、一人暮らしの老人の住居だと考えると、物が多い。
隣の部屋も同じような感じだった。
捨てられない症候群なのかな? しかも買い物好き?
リビングも飾り棚が三つ、テレビ台を囲むように置いてある。
いやぁ、たとえ飾りたいぐらい素敵な食器や花瓶やグラスがあるにしても、これは装飾過多でしょう。
一つ一つの棚は単品で見れば趣味が良い感じなんだけど、全体的な効果は残念だ。
マジで少し物を処分すべきだよ。
リビングの隣の洋室も壁一面の棚に物が詰め込まれていた。
もしかして、どこか大きな屋敷に住んでいて、夫が亡くなった時にせめて世話をし易いように娘さんが住んでいるマンションの上に越して来たが、物が多過ぎてこれ以上は減らせなかったってやつ?
とは言え、家具も服も食器も死後の世界に持って行けないんだし、娘さんだってこんなに沢山の物を相続しても困るだけだろうから、もっと思い切って寄付するなり売るなり捨てるなりするべきでしょうに。
思わずため息を吐きながら、ハネナガに台所に行ってもらう。
意外にも、台所はすっきりしていた。
冷蔵庫と冷凍庫が並んでいるが、他は収納出来る程度で収まっているのか殆ど何も出ていない。
もしかして、料理は娘さんの役割って事で、台所だけは娘さんのテリトリーだったんかね?
その冷凍庫の前で背の丸まった老婆の霊がグチグチと文句を言いながら立っていた。
『孫すら産めない出来損ないなんだから、もっと私に尽くすべきなのに』
『正太は良い子だったのに、最近は姿を見せないなんて、親不孝な!
あの金目当てな嫁が悪いに違いない。だからあんなのは離縁してもっと気立てのいい若い子と結婚して子供を産ませれば良いのにと言ったら、怒るなんて』
『こんな狭い家に住む羽目になるなんて、親不孝な子供しか居なかった私はなんて不幸なんだろう』
延々と自分の不幸を嘆き、子供達を責めまくっている。
娘さんに対する感謝の念なんて欠片ほども無いようだ。毎日世話をみて食事を食べさせに来ても、この調子でグチグチ言われてたら大変そうだなぁ。
でも、せっかく自然死したんだから、普通に届け出て処理すれば良かったのに。何で変に隠そうとしたんだろ?
これだけ物があるなら、売れば2、3年の年金分には余裕でなるんじゃない?
まあ、反対にこれだけ物がありまくる部屋だとその処分もするのかと思うと気力が萎えちゃう気持ちも分からんでも無いけど、最近はそう言う業者さんだっているんだし。
取り敢えず。
この老婆を除霊して穢れを祓い、田端さんにでも連絡するかなぁ。
とは言え、警察だって何か予兆がなければ人の家に踏み込めないよねぇ。
娘さんに自白するように軽く意識誘導してみて、ダメだったら田端さんに相談するかなぁ。
どうせまだあと5日はここに通うのだ。
明日にでも、娘さんと遭遇できないか、クルミと頑張ってみるか。
まずは除霊だね。
こんな不満ばかりな老婆の霊が地縛霊化したら次の住民が可哀想だ。