都心型二世帯住宅?
「ごめんなさいねぇ、凛ちゃん。
忙しくしていたから胃が痛いのを無視していたら、なんかこう、痛いのが下に移っていく感じになって、毎晩吐いちゃうほどお腹が痛くなるしでとうとう我慢できなくなったから医者に行ったら、入院しなきゃダメって言われちゃったの」
母に言われた住所に行ったら、殆ど待たぬうちにキャリーケースを持った宮田さんのおばさんがタクシーで現れた。私にペットシッターのあれこれを説明したら病院へ直行して入院らしい。
「これからはもっと早く医者に行かなきゃ駄目ですよ〜。
猫に関しては、任せて下さい。
今ルームシェアしている友人も猫を飼っているので、大体扱いは分かると思いますから」
いざとなればクルミ経由で意思疎通すればなんとかなるでしょう。
病気も碧のカリスマ祈祷師に連れて行けば問題ないし。
……うっかり死なれたら困るから、一応クルミの分体を美咲さんの部屋に残しておいて、問題が起きたら連絡するようにしておこうかな。
「美咲がペットカメラを設置しているので、時々そこから声が聞こえてくるかもしれないけどびっくりしないでね」
郵便受けを開けて中を確認しながら、顔色の悪い宮田さんが言った。
広告のチラシしか入っていなかったので宮田さんがそれを近くに置いてあったゴミ箱へ突っ込む。私はその間に郵便受けの暗証番号をメモしておき、二人でオートロックの中へ進んだ。
しかしそっかぁ、ペットカメラってオンラインで確認したり、声を掛けたり出来るから、新婚旅行先からでも愛猫の様子を確認できるのね。
知り合いではなく業者にペットシッターを頼むとしたら、旅行先の時間の都合が良さそうな時間に来る様に指定してペットシッターが悪事を働いていないかとか、ちゃんと猫と遊んでいるかなんかもペットカメラから確認できそう。
ペットシッター側は見張られるのを嫌がりそうだけど。
というか、実際に見張らなくてもペットカメラがあるから突然声が聞こえてきたりするかも知れませんが、気にしないで下さいね〜、カメラの録画は1週間程度で上書きされるのでご安心をと言っておいたら、ヤバい事をしたらカメラに録画される可能性が牽制になって、盗みとか虐待とかもされないで済みそう。
ペットカメラの精度がどのくらいか知らないが、取り敢えずクルミには隠密型で天井付近の影になる部分にでも潜んでいる様に言っておこう。
多分、天井は画面の範囲外になるよね?
「基本的に毎日1回来て、餌とトイレの掃除をしてから2時間程度遊んであげれば良いんですね?」
子猫じゃないなら2時間遊び続ける体力と気力がない可能性は高いが。
ブラッシングをさせてくれるならそれをするのもありかな?
「お願い。
遊ぶのは、出てきてくれたらってとこね。
美咲が居る時は私が遊びにきても隠れちゃって出てこないんだけど、こういう長期的な留守番だと寂しいのか、姿を現すのよ〜」
エレベーターで4階に上がりながら宮田さんが頷く。
「ちなみに、クーラーはつけっぱなしで良いんですね?」
タイマーで夜に切って昼前に付くようにするのも可能だろうけど、ちょっと危険そうだ。
もしも何かの理由でクーラーの『入』タイマーが上手く機能しなかったら、猫ちゃんが熱中症で死んでしまう危険性もある。
「ええ、リリちゃんは寒いのがあまり好きじゃないらしいんで28度に設定してあるから、世話に来ている間は暑かったら温度を下げても良いわよ〜。でも出る時は28度に戻しておいて貰えるかしら?」
宮田さんが言った。
ほいほい。
「28度だったら私にも丁度いいぐらいだと思いますから、大丈夫です」
エレベーターが途中の3階で止まり、初老の女性が乗ってきた。
「上に行きますよ?」
宮田さんがちょっと首を傾げながら伝える。
「母が上の方の階に住んでいるんです」
にっこり笑って10階のボタンを押しながら女性が言った。
同じマンション内で母と娘が住むのかぁ。
ある意味、都心型二世帯住宅的暮らし方かもだね。
今だったらチャットアプリとかで簡単に連絡が取れるし、同じ建物内だったらプライバシーを確保したまま親の様子を見に行ったり、買い物をしてあげたりできそうで良いかも?
四六時中母親に頼られまくるのは微妙な気がしないでもないが。
離れて住んでいたら『面倒を見切れないから高齢者施設に入ってくれ』と説得できるのに、実質同居状態だと面倒が見れてしまう。
この女性に憑いている穢れが何によって生じているのか知らないけど、問題が無いと良いね。
まあ、私には関係ないことだ。
取り敢えず、美咲さんが帰ってくるまで1週間、毎日2時間をここでリリちゃんの面倒をみるだけなのだ。
巻き込まれない、筈。