やれやれ
客室に眠らせて貰い、10時ぐらいまで休んでいていいと言われたのだが慣れない環境で眠りが浅かったのか、朝方に人が動く音で目覚めた。
今日は源之助の起きろ到来がないし、昼食の準備をそこまで早く始める必要もないからもう少しゆっくりしていても大丈夫だったのに。
でもまあ、二度寝できるほど落ち着いていられないので、着替えて廊下に顔を出した。
朝起きた時に源之助と顔を合わさないのなんてかなり久しぶりで、違和感ありまくりだ。タイマー式給餌器がちゃんと起動しているのはチュー助経由で確認してあるし、源之助にはチュー助だけでなくシロちゃんや炎華もいるんだから独りぼっちじゃないのだが、寂しがっているのでは無いかと心配になる。今ここで心配してもしょうがないんだけどね。
「おはよ〜」
碧も落ち着かなかったのか、珍しくかなり早い時間なのに部屋から出てきた。
「おはよ。
そう言えば、昨日のベルガー氏の水遊び、誰かに目撃されて騒ぎになったりしないかな?
かなり大きな存在がバシャバシャやっていたんだから、ネッシーならぬスッシー?なんて騒ぎになったら面倒そう」
自分で言っておいてなんだが、いくら諏訪湖でもスッシーは無いか。
だいたい、ミステリーな存在を否定しきれないほど諏訪湖の水深は深くないかな?
『あやつには儂が水遊びする時に使う場所を教えた。あそこならこの神社以外からだと見えにくいから、夜だったし大丈夫じゃろ』
白龍さまが言った。
おお〜。
そう言えば、諏訪湖のここら辺って元々は白龍さまのお気に入りな水場だったんだっけ?
特定の場所以外から見えにくい角度とか、何か認識阻害の結界とか、あるのかな?
聖域を作れるのだ。人間に気付かれないように認識を阻害するような結界っぽいのを展開できても不思議はない。
流石に真昼間にバシャバシャやってて観覧船とかレジャーボートにぶつかったりしたら認識阻害も効かないだろうけど、夜なら注意を引かずに済むのだろう。
取り敢えず、誰も『怪しい巨鳥がいた!』って飛び込んで来ないなら、よかった。
と言う事で、下へ。
「おはようございま〜す」
キビキビと台所で動いている碧ママに声をかける。
翔くんは既に出たあとなのか、居なかった。
合宿か何かなのかな?
もう夏休みだよね?
それとも休み中は食事の時間は各自起きた時間に自由にってなっているのだろうか。
「おはよう!
よく眠れた?」
碧ママがオレンジジュースを出してくれながら言った。
私は朝1のドリンクはコーヒーよりもオレンジジュース派なんだよね。
ちゃんとそれを覚えてくれていたのが嬉しい。
「ありがとうございます。
しっかり眠らせて頂きました。
朝食が終わったら昼食の準備をお手伝いしますね。
急に押しかけることになりましたが、大丈夫でしたか?」
予定があったらキャンセルする羽目になったよね?
悪い事をした。
まあ、悪いのは私じゃなくてベルガー氏だけど。
「白龍さまのお知り合いなんでしょう?
しょうがないわよ〜。
食事の準備も殆ど下拵えは終わっているから、あとは火を入れるだけって感じなんでそれほどやることは残ってないの」
碧ママが笑いながら言った。
おお。
流石、早いねぇ。
◆◆◆◆
『お邪魔する』
昼ちょっと前に、楽しげな顔をしたベルガー氏が現れた。
もしかしたら夜の間に遠藤氏も移動してきて合流するかな?とも思っていたのだが、流石に人様の家に昼食を食わせろと押し掛けてくる図々しさは無かったらしい。
やっぱ神様ってそう言う点、無神経だよね〜。
「いらっしゃいませ」
碧ママはにっこり笑いながらベルガー氏をダイニングルームへ案内する。
食卓にはハンバーグや唐揚げ、ロールキャベツがフードウォーマーの上の大皿に山盛りになっている。
流石、大人数相手のもてなしも多い宮司家。色々揃っているんだね〜。
『おお〜!
これはなんだ?!』
ベルガー氏が唐揚げをフォークで突き刺しながら尋ねる。
「まずは自分にお皿に取って、食べて下さいね。
それは唐揚げと言います。鶏を味付けした後に粉をまぶして油で揚げた料理です。
こちらはロールキャベツ、豚のミンチと野菜を捏ねたものをキャベツでくるんで煮込んだものです。
ハンバーグはアメリカから来たなら見たことありますよね?」
碧ママがにこやかに、だが鋭くベルガー氏のマナーに突っ込みを入れながら説明する。
『アメリカではステーキの方が多かったな。
ハンバーグも出たがちょっと何か違うかも?』
もりもりと流し込むような勢いでハンバーグもロールキャベツも唐揚げも食べながら、ベルガー氏が答える。
一応お味噌汁とお米もだしてあるのだが、それも器用にフォークとスプーンで流し込んでいる。
まあ、人間じゃないから噛む必要も無いのかもだけど、見ている分には消化に悪そうだ。
あれでちゃんと味わっているんかね??
おねだりしたからには食べるのが好きなんだろうに、味わって食べていないのは不思議だ。
まあ、お陰であっという間に料理が消え去ったが。
一応碧パパや碧や私も一緒に食べていたけど、我々が一つ唐揚げを食べる間に五つは食べていたな。
『うむ、美味であった。
礼にこれをやろう。
ムカついた相手に触れさせたら、バチっといくぞ』
ベルガー氏が20センチぐらいの羽根をどこからか取り出して、碧ママに渡した。
本体のサイズを考えると、随分と小さい?
もしかしてあれって羽毛だったり??
「あら〜。
ありがとうございます」
碧ママが笑いながら羽根を受け取った。
誰か使いたい相手がいるのかな?
『うむ。
では、取り敢えず煩いのが来る前に帰るとするか。
邪魔したな!』
そう言うと、スポン!とベルガー氏の姿が消えた。
え??
ここでそう言う消え方する??
玄関の扉を叩いて、歩いて家の中に入ってきたから聖域まで歩いて行くのかと思っていたんだけど。
「え、彼って聖域の境界門を使わないでも帰れたんですか?」
碧がびっくりして白龍さまに尋ねる。
『いや、儂の境界門の前まで跳んだだけじゃの。
いま門を通って出て行った』
白龍さまがちょっと『やれやれ』と言いたげな口調で教えてくれた。
やれやれ、だね〜。
次に来る時に、こっちへ顔を出さないでくれると嬉しいんだけど。
これでこの話は終わりです。
明日はお休みしますが、また明後日からよろしくお願いします。