早いのはどっち?
白龍さまとベルガー氏が氏神さま的世間話をしているのを暫く聞いていたが、ひと段落ついたっぽい雰囲気になったところで碧が口を開いた。
「ちなみに昨日万博で人を昏倒させた際には何が起きたのか、お伺いしていいですか?」
『うん?』
ベルガー氏が碧を見下ろす。
特に怒っている訳じゃあないんだろうけど、やっぱ氏神さまランクの存在からの注目って側にいるだけでも身が竦むね。白龍さまは普段、かなり自分のオーラを抑えているから忘れてたけど。
そう言えば、以前聖域で境界門から戻ってきた時に一瞬だけ凄い圧を感じたが、あれって本体サイズだったからと言うよりは、白龍さまが気を抑えていなかったからなんだね。
ベルガー氏は普通の人間サイズなのに、態と力を一瞬解放したのかぶわっと熱い風が吹いたような圧力が吹き抜けた。
真夏でよかった。冬だったら周囲の人が驚いただろう。暑い最中な今でも、周囲を歩いていた人たちの何人かが帽子や日傘を抑える様な仕草をしてから周囲をちょっと見回している
『儂の愛し子の碧じゃ』
穏やかに白龍さまが言った紹介の一言でベルガー氏の圧が消え、普通のちょっとどことなくエキゾチックだけど地味な東洋人っぽいおっさんに戻った。
アメリカンインディアンの神様だと、白人じゃなくて東洋人っぽいんだね。
まあ、ある意味それが当然だとは思うが。本当の姿が巨大な雷付きな鳥だとしたら、民に合わせて人間の姿を構築したんだろうね。精霊なら化身的な姿に関しては融通が効きそう。
ヨーロッパの古い宗教画ではキリスト教のマリアさまとか赤ちゃんキリストって金髪な白人で描かれている事が多いけど、どちらもユダヤ人なんだから、本当はアラブ系の黒目黒髪な筈なんだよね。歴史的事実を考えるとちょっと微妙な心境になる。
それでもペルーみたいに神様が白い肌を持つって神話があったせいで南米へ侵略に来たヨーロッパ人を神様と誤解して、抵抗が遅れて元の宗教や社会的文化がほぼ殲滅されちゃうような状況になるよりずっとマシだけど。
そう考えると、神様と民が同じような見た目なのは良いことだね〜。
『昨日は珍しい見せ物が色々ある発表会をやっている場所があると知って見に来たんだが、何やら煩い輩に絡まれてしまってな。どうも抜け出してきた場所に関係する人間だったのか、『ここで何をやっている?!』みたいな感じでいつまで経っても黙らないから軽くペシっと黙らせようとしたら、うっかり周りの人間も何人か倒れてしまったんだ。
また武器を振り回す連中に追い掛けられたらのんびり見物もできないからちょっと姿を消して他の場所に移ったんだよ』
ベルガー氏が碧の質問に答えた。
アメリカでベルガー氏のことを知っていた術者に、ウン万人も人が来ているはずの万博の会場でバッタリ会っちゃうなんて……誰かの運がめっちゃ悪いようだ。
「なるほど。
この後のご予定はどの様に考えていらっしゃいます? 煩い輩に絡まれない様、案内する人間を手配しましょうか?」
碧がちらっと遠藤氏を見てから尋ねる。
白龍さまとほぼ同等な存在を無理やり送り返すのは無理だけど、問題が起きないように事前に手配する程度は可能だよね。
『あちこち見て回って飽きたら帰るかな〜。
あの空飛ぶ鉄の鳥は、競争しようって勝負を挑んじゃダメなんだよね?』
ベルガー氏が尋ねる。
おいおい。
雷を帯びた巨大な鳥が『どっちが早いか、競争だ!』とか言いながらジェットジャンボを追い立てたりしたら、大騒ぎになるよ。
やめてくれ〜。
下手な国でやったら戦闘機がスクランブルされて更に大騒ぎになるかもだし。
と言うか、ニュースにならずに国内に入れたのって夜だから他の人の見えなかったのか、何か認識阻害の術を使っていたのか、どっちなんだろ?
『 鉄の鳥との競争は是非ともご遠慮下さい。
競争したいなら、太平洋の海の上で夜に白龍さまと思う存分飛び回ったらどうでしょう。
もしも他に 鉄の鳥が飛んでいた場合は避けていただかないと我々にとって悲惨なことになりますが」
碧が穏やかに太平洋上での神様レースをお勧めした。
ハワイとかへのルートさえ避ければ、太平洋のど真ん中あたりだったら飛んでる飛行機も少ないよね?
「あ、ちなみに地面を走っている箱とか、レールの上を動いている連結した細長い箱も競争相手には向いていません。決まった場所を決まった速度で動くようになっている上、大量に人を乗せていることもあるので」
つい、こっちも気になったので口を挟む。
自家用車や新幹線との競争を挑まれても困るからね。
なんかスーパーマンの映画かドラマで列車と若いスーパーマンが競争しているシーンを昔見たような気もするが、今の日本でそれをやられると色々と問題が起きそうだ。
『そうか。
競争はダメなんだな。
ちょっと面白くなったかと思ったのに、実態はあまり変わってないのか』
少し失望の籠ったため息を神様から溢されてしまった。
すいません。
でも、新幹線とかってギリギリなスピードで走行している事もあるんで、無理に早く行こうとすると脱線リスクがあるんですよ。
『飽きたらあっちに帰るのかい? それともまたこの世界で暫く過ごすのか?』
白龍さまが尋ねた。
『一通り面白いのを見たら帰るかな。白龍さまのゲートを使わせてもらってもいい?』
ベルガー氏が言った。
お!
大分と途中の流れは違うが、最初の想定通りに解決しそう?