空気読めの進化系?
そっと順子さんの方を顔を動かさずに目だけでチラッと見たら、一瞬ギリっと歯軋りっぽい感じに顎の筋肉が動いたような気がしたが、次の瞬間には消えていた。
激怒したら触れていなくても怒りのオーラを感じられるから、テーブルを挟んだ向こう側から怒りを特に感じないってことは、多少は不快に感じているにしても、少なくとも激昂するような理不尽な要求で提案ではないみたい?
『あと、義則。
順子だけに任せないで、君もお母さんにまめに声を掛けて助けてあげてくれよ?
我々は公平に二人へ対応しようと努めて育ててきた。この500万円の話もその一部なんだ。
だから『順子だけ可愛がられていたんだから、順子が母さんの面倒を見れば良い』とか言わないでくれ。
順子だって、長男である義則が贔屓されてずるいと母さんに文句を言っていたことはよくあったようだからね。一度よく二人で不満に思っていたことをぶつけ合うと良いと思うよ?』
故人の霊が息子さんに告げた。
あ!
順子さんが一瞬ニヤッとした!
やっぱ妹の方もそれなりに兄が得していると思っていたんだね。
兄の方は500万円を貰った妹が贔屓されていたと当然思っていただろうし、二人ともお互いに不満を抱えていたんだろうなぁ。
マジで今回、父親の霊を喚び出したのは今後も円滑な家族付き合いを続けようと考えるなら幸運だったんじゃない? どちらかが相手に不満に思っていたなら、表立って遺産の分割に何も異議を申し立てなかったにしても関係が疎遠になった可能性が高いだろう。両方が不公平だと感じていたとなったら絶望的そうだ。
まあ、腹を割って話し合った後に仲良くなれるかどうかはまた別問題だろうけど。
贔屓されたとかの不公平感がなくったって、性格が合わなかったら家族だろうとそう仲良くは出来ない。
「ちなみに、『何か助けが必要だったら言ってくるだろう』と受け身になられると、結局全部私がする事になるの。ちゃんと定期的にお母さんのところに顔を出してしっかり話を聞いて、日常生活で困っていることがないか確認するぐらいの事をしてよ?」
順子さんが口を挟む。
あ〜。
これって難しい問題だよねぇ。
男性は助けが必要なら『助けてくれ』って言うだろうと思っているが、女性は『何か困ったことはない?』と聞いてもらいたい人が多い。
ある意味、空気を読めの進化系だよね。
助けを頼むってちょっと立場が下になる感じで親としては嫌な可能性が高いし。
しかも女親だったら娘にヘルプコールをする方が息子に頼むより気楽に出来そう。
そうなったとしても、兄としては妹から負担を分担するよう連絡して頼まれたことの一部を委任(押し付け)すれば良いと思うんだろうけど、結局それって妹が兄に『頼む』って感じになるから、ある意味母親のために妹が兄に借りを作るような形で、娘側としては不公平に感じそう。
年老いた親の見守りとか介護とかって本当に難しいよねぇ。子供の頃は圧倒的強者かつ答えを知っている絶対的庇護者であった親が助けを必要とする立場に変わる時って、どこまで誰の意見を押し通すかとかがデリケートな問題になる。
手伝いを沢山する方がより多くの遺産を受け取るみたいな形でお金で割り切れればいいんだろうけど、幾らが妥当な対価かも、立場によって評価額が変わるだろうし。
ある意味、そこまで歳をとる前に死んじゃった寒村時代の私の前世って理想的な死に方だったのかも? 40歳程度で風邪を拗らせてあっさり死ぬのって現代日本だったらほぼあり得ない死に方だけど。
それはさておき。お金があるなら顧問弁護士か司法書士でも雇ってお手伝いが必要な事を全部任せるのが一番な気もするが、現実的には高くつきすぎるからその選択肢を選ぶのは余程の金持ち以外は無いルートなんだろうなぁ。
「分かった。
実家に毎週戻るのは難しいが、月に一度ぐらいは戻って話を聞くようにするよ。
父さん、俺たちを育ててくれてありがとう」
義則氏が妹の方に微妙な視線を送ってから、父親の霊にお礼を言った。
「あ、私からも、ありがとう!
安らかに眠って、ず〜っと後にお母さんが合流するまでのんびり休んでいて!」
順子さんも慌てて付け加える。
「では、そろそろ時間ですが、何か他に伝える必要がある事はありますか?」
時計を見て20分経った事を確認した私が故人の霊に尋ねる。
生者の方は死んだ親に感謝の念を伝えられたんだから、これで終わりでいいでしょう。
『いや。
一番気になっていたことはこれでカバーできた。
ありがとう。
昌子、今まで本当にありがとう。君を妻として生涯を過ごせた私は本当に幸福者だった』
そう述べて、そっとお祖母さんを撫でるようなそぶりをして、霊が消えた。
おや。
送還の儀をしていないのに勝手に還っていっちゃった。
実は昌子さんに縋りつかれたせいで昇天しにくくて困っていたのかな? 奥さんの精神的心残りというか心配事と言うかを解決した事で、ちょっと解放されたのかも。
「では、失礼します」
あとは家族で話し合ってくれと言うことで、一回頭を下げて、さっさとスタッフ用扉から会議室を出た。
なんか随分と理想的父親で夫なお祖父さんだったね〜。
死んだら穏やかになるのか、珍しいぐらいに良い人だったのか。
悪霊じゃないのに呼び出したのに、悪霊か??と思うようなドギツイ人や遺族じゃなくって良かった。
あまり山もオチもありませんでしたが、これでこの章は終わりにします。
明日はお休みしますが、また明後日からよろしくお願いします。