『不公平』感は難しい
依頼人の家族に囲まれて色々と要求される羽目にはなりたくないと言う事で、退魔協会の会議室で故人の霊を喚び出すことにしてもらった。
依頼人側にしても自分の家に幽霊を喚び出すのは微妙だったらしく、あっさり私の提案に合意したらしい。
考えてみたら、レストランの個室とか、ホテルで勝手に霊を喚び出すのって問題ないのかね?
詐欺師一歩手前ぐらいな『霊能はあるけど必ずしもちゃんと訓練を受けてないなんちゃって霊媒師』が下手に霊を喚び出した場合、霊をちゃんと返さないで地縛霊モドキを作り出しちゃう可能性だってゼロでは無い。
ホテルやレストランの使用条件の詳細に『霊の召喚はご遠慮下さい』と明記しているところは無いと思う。地縛霊化しちゃって退魔協会にお祓いを依頼する羽目になった場合、誰が召喚を行ったかバレたら損害賠償とかの請求を受けるのかな?
幽霊が出るなんて言う風評被害はかなりなダメージになりそうだからねぇ。退魔師を雇うのだって安く無いし。
退魔協会の客とのやり取り用にある会議室へ、スタッフ用の扉から中に入る。
会議室の中には故人の妻と白木さんの両親と叔父夫婦だけしかいないので、私が知っている白木さん(故人の孫)にばったり会う可能性は低い。
一応真っ黒でロン毛なウィッグを被り、メガネをしてちょっと目が垂れ目になる様な化粧をしているので、誰かがこっそり動画を録画していても多分バレない筈。
幽霊はその場にいる人間にははっきり見えても、動画には記録できないんだけどね。
それこそ白龍さまが本体サイズで動き回っている時だったら動画とかに記録が残るのかな?
幻獣とは言え、肉体成分もあるんだから映像を保存できても良さげな気がするが。
「こんにちは」
「「「よろしくお願いします」」」
静かに話し合っている依頼人たちに声を掛け、白木さんのお祖母さんであろう老女の側に行く。
横に老女よりは見た目の若い、初老な男性の霊が浮いているから、どうやら夢枕に出てくると言うのは気のせいでは無いみたい。
ただ、老女がかなり疲れ果てた顔をしていて、初老の霊の方は心配げに彼女を見ているので、お祖父さんが何が何でも伝えたい事があって昇天しなかったと言うよりは、残された奥さんの事を心配して残っているって感じかな?
むにゃむにゃとそれっぽい祝詞を唱え、初老の霊に声と姿を与える。
「術を続けられる時間は20分程度です。
まずは故人の言いたい言葉を聞き、その後に質問をして下さい」
突然現れた霊を、驚きに口を大きく開けている凝視している部屋の皆に伝える。
弁護士だと言われた女性だけは落ち着いているから、こう言う場面に立ち会った事があるのかな?
『昌子。私がボケちゃったせいで老後を楽しむ暇もなく介護に時間を取らせてしまって済まなかったね。
君と一緒に過ごしてきた年月は何にも変えられない宝だった。
今は疲れていてあまり気力が無いかもだが、残りの人生を楽しんでくれ』
霊が奥さんに言った。
おお〜。ちゃんと感謝の念を伝えられるなんて、偉いじゃん。
昭和の親父は『誰が食わしてやっていると思ってんだ〜!』的な傲慢な人も多いからね。
介護で苦労した相手が、その苦労に見合う人で良かったね〜。
「まあ、博さん。
最後は何も分からない風になってしまって悲しかったですが、あなたとの結婚生活は私にとっても大切な毎日でしたわ」
涙を流しながら昌子さんが返す。
暫し部屋が涙を拭い鼻を啜る音以外は誰も口を開かない沈黙が流れるが、やがて白木さんのお母さんらしき女性が咳払いをして、霊に声を掛けた。
「ところでお父さん、何かお母さんへのお礼以外に伝えたい事があったの? お母さんの夢枕に毎晩出てきているって話だけど」
どうやら娘さんの方が未だに涙を流している息子さんよりも現実路線な人らしい。
時間制限があるのだ。
いつまでも泣いていられても困るから、一人はしっかりミーティング(?)の運行係を担ってくれる人が居て助かった。
実際には20分で魔力が尽きるわけじゃあないけど、こう言うのって時間を区切っておかないと昔の思い出話とかを始めるとキリがないからねぇ。
『相変わらずせっかちだね、順子。
しっかり昇進して家族に満足できる様な衣食住と教育の機会を与えようと仕事を頑張りすぎたせいで私は君たちを育てるのをお母さんに丸投げしていて、気がついたらもう君たちは大人になっていた。だが二人とも人生を共に歩む配偶者を見つけて自力で家族を育んでいける立派な大人になってくれて、とても嬉しいよ。
君たちという二人の大人と、君たちの子供である孫たちが世界に生まれ出るのに少しでも貢献できたことは、私の人生でも大きな成果だったと思う。
これからも精一杯頑張って人生を楽しんでいきなさい』
博さんとやらの霊が子供達に告げる。
確かに高度成長期にバリバリ働いていたようなサラリーマンだったら子育てにはあまり関与してなかったんだろうねぇ。
『ああ、そう言えば。
これは昌子とも話していたのだが。
まだまだ死ぬには早いし、もっと老後に残る財産が確定してから書こうと思っていたらボケてしまったせいで遺言書を書き損ねただろう?
本当なら遺言書で、義則に追加で500万円残す様に書こうと思っていたんだ。順子だけ家の購入時に資金援助したのでは不公平だから、義則が家を買う際なり孫が留学でもする際に500万円援助しようと思っていたのだが、機会が無かったのでな』
ぽんっと手を叩く様な仕草をして霊が部屋の人間に向かって告げた。
あ〜。
確かに片方だけに資金援助するのは不公平で、遺産相続で揉めそうだよねぇ。
貰った方は忘れていても、貰わなかった方は忘れないもん。
まあ、貰わなかった方は会社の社宅に住んでいたとか、妻が金持ちだったとかで必要なかった可能性は高いんだろうけど。そうなると余計に貰った方もそれを理由に特にその分を多めに渡さなきゃと言い出す必要は無いとか思いそう。
でも、不公平感って言うのは『必要だったか』だけで割り切れる問題じゃないんだよね〜。
さて。
娘さんは父親の霊からの言葉だったらあっさり合意するかな?
多分霊が言い出さなきゃそれなりに揉めそうな内容だけど。