見張る必要はあるだろうね
「う〜ん。
取り敢えず、暴力への忌避感を強く植え付けておくか」
流石に子供の頃からの習慣を打ち消す様な洗脳は黒魔術で短期間には行えない。
隷属魔術で奴隷状態にすれば色々制約を科せるが、それはやっては駄目だろう。
誰かを拘束した際に大人しくさせる為の術でも『自発的行動を起こさせない』とか、『欲求を何も感じない様な極度の無気力状態にする』術は開発されていたし、私もそれらに馴染みがあるので使えるが・・・ある意味、これは対象を廃人一歩手前にしてしまうのと同じだ。
短期間ならそれで良いかも知れないが、一生そう過ごすならもうそれは『生きている』とは言えず、自分で必要最低限な生命維持に必要な行動が出来るだけの実質意志のない植物人間の様なものだ。
当然、何かを新しく学ぶ事もないので魔眼無しの生き方を覚えることも無い。
私としては出来れば瀬川に普通の魔眼無しな生き方を覚えて欲しいだけなのだ。
魔眼を封じ、そのせいで突然世の中が自分の思うようにならなくなった欲求不満は暴力への忌避感を植え付ける事で周囲に害を及ぼさない様に出来ると期待したい。
「後は・・・暫く異性への興味も薄れさせておくか」
将来への下心や見栄が強い動機になる女性と違い、男性の異性への興味は性衝動が一番強い誘因であると何かの記事で読んだ気がする。
確かに前世の王族男性は基本的に女性への興味は下半身に直結していたし、瀬川の記憶も現時点ではそれに近い様なので、暫く性衝動を感じない様にしておけば魔眼によるチートが無いのに慣れるぐらいまで女性をナンパしないと期待したい。
魔眼が無いのに慣れてきてからだったら、女性に粉を掛けて断られても逆上しない・・・よね?
「クルミ、分体でこいつを見張って、急に何も上手くいかなくなって自殺しそうになるとか、周りに害を及ぼしそうになるとか、ナンパを断られたのを受け入れなくてストーカー化するとか言った兆候がないか、確認しておいてくれる?
ヤバそうになったら直ぐに教えて」
『分かったにゃ!』
前世で職務として魔眼を封じた事はあったが、あれは基本的に魔眼で罰せられる行為を行った処罰の一環だった。だから封じた後に鉱山や開拓地で強制労働させられた対象者がその後どうなったかは知ろうとはしなかった。
なので今回みたいに『ヤバい事をやっているのがバレて処罰を受けている』と言う認識がない場合に魔眼を封じたら相手がどう反応するか、分からない。
まだ死んで償うべきと思える程酷い事はやらかしていないので、流石に自殺しそうになったら何とかしたい。それに、魔眼を悪用して周囲へ害を及ぼすのを防ぐために封じるのに、魔眼が突然使えなくなった怒りが爆発して周囲に暴力を振るうのを看過するのも無責任な気がする。
取り敢えず、魔眼無しな生活に慣れるまでクルミに監視させて必要に応じて修正して行きたい。
若いんだし、数ヶ月程度で十分だよね?
「魔力補充を数日おきにする必要があると思うから、その際に経過報告もしてくれるとありがたいわ。
まだ若いから、軌道修正出来るといいんだけどねぇ・・・」
まあ、親に甘やかされた富裕層の一人っ子なんかは大学に入るまでほぼ思う通りに生きてきて、大学生になって親元を離れたらその時点で多少の衝突を経験し、更に社会人になる事で本格的に我慢を学ぶ様になる。
そう考えると、まだ手遅れでは無い可能性が高いんじゃないかなぁ・・・。
子供の頃から文字通り全てが思うようになって育ってきた人格が、妥協と努力が必要な生き方に適応出来るかは不明だが。
◆◆◆◆
「ただいまぁ」
瀬川の記憶を確認し、魔眼を封じ、更に暴発防止の処理をするのにはそれなりに時間が掛かった。
お陰で帰宅したら既に夕食時。
昼食時に瀬川に声を掛けられた事を考えると、あいつに6時間ぐらい費やした事になる。
昼ごはんも食べ損ねたし。
迷惑な奴だ。
「おかえり〜。
連絡なかったけど、どうだった?」
碧がリビングから首を突き出して聞いてきた。
「親を含めた親戚達も好きなように操っていたっぽいから、多分遺伝性じゃ無いと思って魔眼だけ封じておいた」
能力が遺伝しないのだったら精神的なり物理的に不能にする必要は無い。
まあ、短期的には実質不能状態になっているけど。
「へぇぇ。
大丈夫なの?」
碧が少し首を傾げながら尋ねた。
水城シニアとその先祖が引き起こした惨状を見ているだけに、似たような魔眼の能力を警戒しているのかな?
「多分?
過去の記憶を読んだ限りでは暴力を振るったり悪意を持ち続けたりするタイプでは無かったみたいだから、大丈夫だと思いたいところだねぇ・・・。
一応、魔眼が急に使えなくなったショックで周りに害を及ぼさない様、暴力への忌避感を埋め込んで、短期的に性衝動を抑制しておいた」
「暴力は分かるけど、性衝動はなんで?
遺伝性じゃ無いっぽいんでしょ?」
「今まで一度も誘った女性に断られた事が無い人間なんだよ?
断られた時の反応が読めなかったから、取り敢えず現状に慣れるぐらいまで誘おうと思わないようにやってみた。
まあ、クルミの分体を付けておいたんで、ヤバそうだったらもう少し考えるよ」
考えてみたら、私も被害者になる予定だった人間なのに何でここまで気を遣ってやらなきゃいけないのか、ちょっと微妙だが。
「お疲れ様〜。
何かあったら手伝うから言ってね」
碧が親切に言ってくれた。
「うん、頼むかも」
そうならない事を切に願うけどねぇ。